評価 5

良かった!
どこをとっても鮮やかな人間への描写と尽きせぬ探求が光る作品だ。
日常にある人間の心の襞(ひだ)のようなものを描き出している。


(作りもとても面白い。
・30代のルーシーBは、来てくれた母とともに過ごした入院の5日間がある。
まだ夫と幼い娘二人と(離れているので娘も心痛めているが、ルーシーBも心痛めている)

・ルーシーBは振り返る、惨めな学校生活を送り、お金もなく、食べ物もなかったし寒さすらしのげなかった過去の自分ルーシーAを。

・一方で、未来のルーシーCは入院していたルーシーAを振り返って考えている。
この時点で、夫とも別れ、子供たちとも別れ新しいパートナーと暮らしている初老の女性だ。
あの入院していた時の母は亡く、そして父もすでに亡い。
そして、ルーシーCとは作家になったルーシー・バートンだ。
彼女は作家になるべく、別の女流作家の講座に出たり研鑽を積んでいた。
(この研鑽の中で、課題で過去の自分の惨めさなどを書いているので、この作品全体がそれだ、というのがわかる)

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私、は作家であり、もしかしたらこれがエリザベス・ストラウト?と錯覚させるつくりになっている。
私小説っぽい書き方なので余計にそうだ。さらに途中で作家の講座にルーシーが出てアドバイスをもらうという二重底のような作りになっていた、一体ルーシーが作者なのか、この作家が作者なのか・・・

後半で畳みかけるように、私の名前はルーシー・バートンというところが印象深い。
そして後半になると章立ての短さが加速していく。
ぐいぐいぐいぐいこちらに迫ってくるような書き方になっている。

私、は、白人だがいわゆる貧困層に入っている。
住んでいるのは親子5人で親戚のガレージであり、学校では汚い臭いといじめられている。
父も母も子供たちには手が回らない状態で、そこで生きていく私がいる。
姉も兄もさして成績は良くなかったのだが、「私」のみは、家に帰っても寒いので学校で宿題をこなしているうちに成績優秀で大学まで進学できることになる・・・


この物語は、『大人になって幼い子供二人がいるルーシー・バートンが入院して家族と離れ離れになる』ところに母が介護に来てくれる、というところから始まる。
母との久々の会話は、昔の人たちがどうしていたか、またいまはどうしたのかという話に発展して否応なくルーシーを過去に連れ戻す。
家族、そして村にいた人たち、その後(おおむね幸せではない)
そこには貧困と惨めな子供時代と、兄がゲイだったかも知れないことに対しての父の虐待などが潜んでいた。
母との会話は久しぶりであり、夜中の突然の検査でどきどきしていたらそのあとにそこに母が待っていたという事実がルーシーをなごませる。
けれど、母とルーシーの間には見えない川があるようだ。
一見和やかに話している二人だけれど。

そしてルーシーが入院していたのは子供が小さい30代の出来事だったけれど、その後、もまた描かれているのだ。
これ以降彼女は母と親しくやり取りをするわけでもない。
また、当時の夫とは別れお互いに違うパートナー(しかも夫のパートナーはこの入院の時に子供たちを連れてきた友人!)と一緒になって別の人生を歩んでいるのだ。

人生って・・・
そんなことを改めて考えさせてくれる小説だった。