評価 5

とても面白かった。
童話?ちょっと苦いところのあるメルヘン?
いわゆる寓話、だと思うけれど、難しく考えなくても話として面白い。
人間の二面性ということですぐにジキルとハイド氏を思ったが、全くアプローチは違っている。

ぼく、が語り手であって、ぼくの叔父さんメダルド子爵がトルコ軍との戦争に行く。
そこで砲弾にあたり、左右まっぷたつに吹き飛ばされる。
そのうち、奇跡的に助かった部分が右半分。
右半分は悪の部分であった・・・


奇想天外なストーリーと言っていいだろう。
くっきり悪と善が分かれていて、しかも体が割れてしまっているのだから。
体半分が悪で満たされていて、それが前半は悪の限りを尽くす・・・
面白くない物語になるかもしれないスレスレのところを書き込んでいる。
とりあえず半分でも子爵は子爵なので、彼の言うことは絶対であり、しかも彼の言うことはどうも戦争以後理不尽で残虐なことが多い。
それに領民たちは気づいているものの、どうしようもない、手をこまねいているだけだ、何しろ子爵なのだから。
とりあえずは偉い人なのだから。

また、らい病患者の村というのが描かれている。
ここは隔離されていて、皆が半狂乱のような放埓な生活を送っている彼らであり、そしてそれはそれで成り立っている村でもある。
悪の子爵は自分の乳母を病でもないのにここに送り込む、という蛮行まで行っている。
この村も話の中で一つの重要な場所になっている。
なぜなら、後半で・・・

村の中にも、おかしい、悪いことばかりやってるじゃないかと思っている人もいる。
甥である「ぼく」もびくつきながらも、彼に見つからないように見つからないようにと腰をかがめている。
悪の右部分は、半分の癖に、ある少女を自分の妻にしたいと思った。
この少女、なかなか馬鹿じゃないのだ、読んでいて、ここがとても重要なところだと思った。
両親が、悪の方でも子爵なのだから!結婚した方がいい!!と乗り気なのだが、少女は彼の悪の部分を懸念している。
そこはしっかりわかっている少女、なのだ。

・・・
この話、後半になって、今度は左半分が実は生きていて、善になって戻ってきているというのがわかる。
ここで右半分悪と、左半分善が勢ぞろいするわけだ。
善はそれこそ善をしようとしている、ありがたい、と思っている人たちの姿もあるのだが、らい病患者の村に行ってその放埓さを改めようと呼びかけるに至って、彼は疎まれる(ここが非常に面白い)
善は善を成しているだけなのに、と、納得がいかないだろう。
ここに、複雑な普通の人間の感情が見えてくるのだ、善のみでは物事の本質は見えず物事ははかどらず、また悪のみでは悪政になるという真実があるのだ。

最後、両方と結婚を受け入れる約束をした少女が大きなことを成し遂げる。
無垢の少女の勝利、ともいえよう。