2017.07.24 星の王子様


評価 5

え!
色付きだった?
中の挿絵を見てまず驚愕したのだった、久々に読んだのはもちろんなのだが、岩波文庫から出たというので大喜びで開いてみたら・・・。
色付き挿絵?

本当にフランス語で普通に訳せば、「小さな王子」というのは正しい訳なのかもしれない。
けれど、最初の刷り込みがあるので、もう頭の中で星の王子様でしかあり得ない自分もいる。
またこの訳しか読んだことがないけれど、丁寧な言葉の美しいことと言ったらどうだろう。
ここにはやり言葉とかは一切ない。
それだけに、点燈夫とか、街燈とか、口輪とか、古い言葉もまた輝いてくる。
「・・・・できやしないよ」「・・・してごらんよ」なども、今の言葉では実際ないのかもしれないけれど、なんて閑雅な響きなんだろう。
小津映画を見ているようだ。

この話、様々なところで引用されているし、大人が読んで含蓄のある童話としても有名だし、それぞれの受け止め方のある話なのはもちろんだ。毎回政治家にこそこれを読んで欲しいという気持ちにもなる(読まないだろうが・・・)

・・・・
最初のところで、ウワバミが象を飲み込んだ絵、というのがとても印象的な話だ。
これがどう見ても帽子にしか見えない大人。
そしてちゃんとそれを見分けた星の王子様という子供。
この対比が克明に描かれている。

実に印象的な人たちが何人も出てくる。
そして大人の目で読めばこの人たちは明らかに社会の縮図であり、王であり政治家であり経済を回している企業人であり、ということがわかってくる。
また愚直なまでに自分の仕事をしている人もいるということも見えてくる。

有名なキツネとの会話場面もまた心に刺さる。
もしこれが普通の状況で同じことを言われたら、それほど刺さらないだろう。
けれど、童話でありファンタジーの場面で、そして一人(一本)残されたバラの花を思いながら
「大切なことは目には見えないんだよ」
と言われ、頷かない者があるだろうか?
また、「ぼっちゃん」という問いかけがまことに優しいし心地よい。
今、ぼっちゃん、と人様のお子様を言わないだろうが、ここではこのぼっちゃん、が生きている。
そしてそのまま受け入れたいような言葉だ。

星の王子様との出会いが、ある意味絶望的な状況で出来上がっているというのも今読むと新鮮だ。
何しろサハラ砂漠で不時着して、直さなければ帰れないし死ぬしかない飛行士がいる。
そこにどこからともなくやってきた星の王子様。
こんな状況でしつこく話を聞いてくる、またはしてくる王子様との会話もまた大変なのだ、普通の人間の飛行士にとって。
それどころじゃなくて、もう水なのだ!と最後の方で本音が出て、そして美しい美しい井戸の場面の会話になる。

・・・・・
今回、岩波文庫を読んでみたのは、お子さんの内藤初穂さんのエッセイを読んでみたかったのもある。
星の王子様の秘話とでも言ったらいいのだろうか。
心血を注いで翻訳した星の王子様が、石井桃子さんから回ってきたというのを私は初めて知ったのだった、ここで。
しかも石井さんは最初別の人に翻訳を頼んでいるのだが(山内義雄さん)、これは私の雰囲気ではない、内藤先生だ、ということで内藤濯の名訳が生まれたのだという。
なんて、美しいそして牧歌的な話でこの物語の翻訳が決まったのだろう。
自分が自分が!という欲よりも、合っている人、と翻訳を譲ったのもあっぱれだし、それを受け入れまた期待以上の翻訳に仕立て上げた内藤濯の手腕にも頭が下がる。

美智子皇后とのある出会いから、この物語を通じての交流、も微笑ましく読めた。
そして、例の星の王子様の落語家の言葉をご本人はどう思ってるんだろうなあ・・・とずうっと思っていたが、やっぱり激怒していたか!だろうなあ・・・と納得したのだった。