評価 5

ヒラリー・ウォーの傑作『失踪当時の服装は』を書かせた原点になった(この本を読んで驚き、実話ではなく物語で書こうとした)犯罪実話集、ということで大いに興味を持って読んだ。
とてもとても面白い一冊だった。
英米の10事件に関する捜査記録をまとめたアンソロジーだ。
事実の話、で事件であるけれど、女性が犠牲になった10の事件が描かれている。
しかしこの事件の読み応えのあることと言ったらどうだろう。
これが、虚構ではなく、事実である、ということが叩きのめされた気がする。
しかもこの語り口、実に平坦に見事に描かれつくしているのだ。

被害者がいて加害者がいて、
その間にもつれがあって、
それぞれに家族がいたりすることもあって、
別の容疑者が浮かび上がってくることもあって、
ある人間は隠そうともせず、ある人間は巧妙に隠そうとして
そしてそれを暴く刑事たちの真摯な姿がある。
ここを非常に淡々と描いているのだ、エモーショナルな書き方の対極を行くようだ。

<以下内容に触れます>

冒頭のボルジアの花嫁、で既に衝撃を受けた。
この話、最後に犯人が捕まって死刑になるところは書いているが、犯人側の主張などがほぼ書かれていない。
それなのにこれだけのインパクトがあるのは、
「お嬢さん花嫁学校」と知られている学校で一人のフィアンセのいる女性が毒殺された。
果たして犯人は、

というところから始まるのだが、実は
・この女性が既婚であった(驚きその1)
・しかも女性は偽名を使って男と結婚していた(驚きその2)
・秘密結婚であった(驚きその3)
というのが友達の証言からわかってくる。
更に
・この花婿の意外な正体(驚きその4)
・隠ぺい工作(驚きその5)

というように畳みかけるように驚きが連打していく。
あまりに作り込まれていて本当の事件か?と思うほどだ。
しかも。
殺された女性の側のお母さんの感じは、非常に厳しそうではあるけれど真実の娘のことをあまり知らない、知らなくていいといった節もある。
このあたり小説だったらじわじわと描いたのだろうが、もうここはさらっと流している、こちらは想像するのみだ。

・・・・
青髭との駆け落ちは、話の行く末もドキドキすることこの上ないのだが、なぜこれが発覚したかというのが、「野球少年のボールがある家に入ってしまって、そこで暖炉で焼けている人間の頭部を見た」という強烈な冒頭部分で始まるところも見逃せない。
もしこの少年がいなかったら(少年にとってはトラウマになるだろうから迷惑な話でもあるけれど)、このバンガローでのことは見つかったとしても時間がかかっただろう。犯人はどんなにか驚いたことだろう。

・・・・
サラ・ブリマー事件も面白い。
あるお屋敷で美人家庭教師が殺された、主人夫婦がいなかった時に。
しかも4人の使用人たちが近くで眠っていたという事実。
主人の子どものみ残されていたけれど、何もなかったという事実。
この中で、警察は本当に小さな出来事、「すす」から犯人を割り出すのだった。
別の犯人オーハシになりそうだったが(日本人?)、火かき棒を使った、被害者の顔にすすがついているのは、という嘘と、なんとなく薄汚れて見えた(顔をすすで偽装していたためあとで落としたが落としきれなかった汚い顔の犯人)人間がいた、などの事実の積み重ねで、真犯人にたどり着く警察の姿が光る。

彼女が生きている限り、も心惹きつけられた。
遺産相続、というミステリで格好の材料になることが主題だからだ。

ロシアのニコライ皇帝の従妹のシルビア王女の悲劇の物語だ。
彼女の息子の嫁ヴェロニカに信託財産からお金が渡るように王女の夫がして、ここはアメリカドルだったので莫大な財産が残ったのだった、シルビア王女が文無しなのに。
そして運の悪いことに息子は戦死して、息子の嫁は再婚した・・・
嫁そのものはシルビア王女に小切手を送ってくれていたのだがそれも手紙も途絶えているので何かあったのではないか・・・
ヴェロニカは次の夫に殺されたのではないか・・・

この話、最初(ああ・・勘違い・・・)で終わる。
何しろ、ヴェロニカに会ったことのある医師さえ、あれはヴェロニカだと証言したわけだから。
ヴェロニカの周辺にも夫側の人たちが多く集まっている。
でもこの会見が終わってから、刑事の一人が、(なんだか全員が偽者臭い)と独特の勘を発揮するところから真相が明らかになっていくところが読ませる。エンバーミングで死体を細工、なんてもし本当のミステリでやったら鉄拳が飛んできそうだ。
けれど、これは事実だと思うとうすら寒い気すらする。
そしてラスト、犯人が捕まって、さあシルビア王女にお金が渡る・・・と思った時に起こる事実の悲劇・・・吉報を受け取る前日にシルビア王女は亡くなったのだった。