2017.07.26 怒り



評価 4.9

面白く読んでいた。
読み始めたら止まらなくて、あっという間に上巻が終わり下巻に突入・・・
何しろ、
・事件の全容が全くつかめない
というのがある。
だれが何のためにやった犯罪なのかというのが全くつかめない。
しかも
・ポーランドの地方都市オルシュティンの防空壕で見つかった白骨の男が10日前には生きていて、なんでじゃあこんな短期間に白骨になったのはどうしてか
という謎もある。
更に更に調べていくと
・この白骨部分が全て同じ人の骨ではない
という驚き部分もある。

また途中途中入る、一見良い家庭に見えているのだが、なぜか夫に怯える女性の出来事はこれにどうかかわっているのだろうかという興味もある。
この夫が全ての犯人なのだろうか。
それとも全く別のアプローチがあるのだろうか。
という興味も尽きない。

また登場人物も多彩で、フランケンシュタイン博士(!)という名前遊びの博士が実際に出てきてこれも遊び心をくすぐる。
双生児のような感じすら漂う、いや親子のような様子すら漂う、シャツキに雰囲気の似ている見習い検察官エドモンド・ファルクの「論理的に物事を考える姿勢」「論理的選択をする」というのもやや硬直した姿勢だなあと思いつつ読ませる。
検察官シャツキその人のとっつきにくさもまた読ませるし、彼の新しいパートナーゼニアが彼の心のよりどころになっている感じもとても伝わってきた。

だが・・・・
途中からやや失速したような気がした、どのあたりからかというと、
検察官シャツキ本人に話が降りかかってきたあたりからだ。
なんだか、ここからが惜しい、もうひとひねりふたひねりが欲しい。
そしてラスト、これでいいのか。
ここでもう一つ仕掛けなくていいのか。

ラストまで読んでプロローグを読むと、ああ!!と納得する。
また冒頭の方にある家族についての高校でのシャツキの講演会もまた最後になってから読むと、感慨深い。

・・・・・

作者がルメートルを愛読しているらしく(文章中でも登場人物がルメートルの本を読んでいる描写もある)、ポーランドのルメートルらしい。
が、インパクトがちょっと弱くないか、特に後半戦で。
もっとつるべ打ちのようにがんがんいく最後の方の展開が欲しかった。

あとこれが最終巻らしいので、ずうっと読んできた人たちとその思いの違いもあるかもしれない。
ここで、検察官シャツキに私たちは初めて出会い、彼の家庭状況を初めて知って、彼の愛情の振り分け方のようなものも知っていく。
高校生の娘と衝突しまくっていて、新しいパートナーと娘という二人の女性に困惑している人間らしいシャツキの姿というのを、初めて触れる私にとっては、この前がどういう結婚だったのか、どういう展開でこのようになったのかというのを知りたい気もした。

新米刑事のヨハネ・パウロ・ビェルト(この名前もすごい!作中でも言及されているが)が、263ページから268ページの交通巡査の時に悲惨な理不尽な事故を見てきた記憶、という部分、とてもとても読ませるのだ、神への懐疑とともに。
だけどこれで終わりか、これが何かにもっと繋がっていかないのか、と惜しい気がした。

ラスト、思いもかけない展開だったが・・・
過去の総ての引き金になったある家の火事の場面が忘れられない。

以下ネタバレ
・シャツキの娘が誘拐され、彼女が排水管洗浄剤で溶かされる危険が出てきた。
今までの人は、それをされていた。もしくは虐待を受け、耳を損傷したり、片手をなくしたりしていた。
それは、家族を虐待してきた人間への制裁、だったのだ。

・このシャツキの娘を誘拐した首謀者は
かつてシャツキが講演をしてそこで知り合った高校生ヴィクトリアだった。
(そして彼女にはチームがいた。)
彼女は、シャツキの娘ヘレナを密室に閉じ込め排水管洗浄剤で溶かして埋めるという映像を、シャツキを呼び寄せ見せていた。
逆上したシャツキは、犯人のヴィクトリアを殺害。
(ここで検察官シャツキは、殺人犯シャツキになった)
ところが、ヘレナに入れられていたのは、発泡スチロール剤で彼女は死ななかったのだった。
(この部分、比較的想像がつく、読んでいる側としては)

・最後の打撃。
ファルクが仲間で、全てを把握していた。
殺人を犯したシャツキに、警察に自首する代わりに自分たちの仲間になってくれという。
リーダーを望んでいたのだ(だからまだ犯人ほう助する人たちはいた)

・暴力を防ぎたければ間違ったやり方はするな。
これが高校の講演会で(犯人ヴィクトリアも聞いている)シャツキが最後に語った言葉だった。

・私がわからなかったこと。
ファルク見習い検察官がお父さんと食事をする場面がある。
ここで、お父さんはファルクの身を案じているし、こういう自分とは違った人間に育ったファルクを見守っている父、言っても聞かない息子を持った無力な父に見える。
(自分は温かい家庭を作れなかったと後悔はしているものの)
が。
ファルクがこういう活動(事前に家庭内暴力の人間に制裁を加える、または事後に家庭内暴力人間を抹殺する)に至ったのには、自らの家庭事情があったのだろうか?
このお父さんは暴力のお父さんだったのだろうか?