2017.06.22 漱石漫談




評価 5

いやあ・・・楽しい楽しい!
漱石本をいとうせいこうと奥泉光が怠惰なしていくという趣向の本だ。

何よりもいいなあ・・・と思うのは、突っ込みはあるものの、二人が強烈な漱石ファンであるというのが前提になっているところだ。
本を語るということで対談するのであれば、愛がなければもやっと感が残るなあ・・・と他の対談本を読んで思っていたので、この本はなんとも痛快だった。

こころに始まり、坑夫で終わる。
この中で、行人の二人のやり取りをあげている部分がとても面白い考察だったと思った。
こうしてみると、直は割合自分の気持ちを言っている女なんだなあと再認識した。
門の章ごとの組み立て方もなるほどなあと思ったのだった。

奥泉光が小説家の目として、三人称、一人称にこだわって着目していくのも、わかるなあと思ったのだった。
また漱石がコミュニケーション不全による孤独という指摘もあり、ここもまた注目して読んでみるとまた新たな読み方ができるかもしれない。
猫温泉の言葉も忘れ難い。
いとうさんは、美禰子が嫌いと(そしてこれはとてもわかる、私も好きじゃないので)、童貞小説目線があった。

いずれにしても漱石を強烈に再読したくなる一冊だ。

(作品ごとに挟まれる、バーナード嬢曰く漫画も笑える笑える!)


評価 4.9

楽しめた。
この本のシリーズ、本当に楽しめる。
妄想と真実とが入交り、ただの日記というのから遠く離れて、一つの短編小説(それも不思議系)を読んでいる気すらする。
川上弘美の初期作品のような感じすらしてくるエッセイ集だ。

淡々とその場にある不思議とか、不思議とすら感じていないことを綴っていく文章。
過去の記憶の噴出の話(9月ごろ)とかものすごく面白かった、誰にでもある話だろうけれど、こんなに頷きながら読めるって何だろう。
あと、エア秘書の話も笑えた、脳内でエアの助け人をたくさん作っていくという話だ、これも奇妙にわかるわかる!

このシリーズ、とても装幀が魅力を増していると思う。
可愛らしい動物がひょっこり出てきてなごませたり、出てくるもの、もまた愛らしい。
外側の質感なんかも心地よい。
それと文章が相まってなんとも不思議な魅力を放つ一冊になっていると思うのだ。



評価 4.8

癒された。
なんで癒されるんだろう、星野源のエッセイを読むと。
くすりと笑うところもあるのだが、ほっこりした気持ちに必ずさせてもらえるのだ。
彼の育ちの良さ、すくすく育ちましたよ愛されてというのが全体から滲み出てくる気がする。

下手するとこういうエッセイ系(特に人気歌手とか)は、そこはかとない自慢話か、あまり面白くない日常とかが綴られていることが多々ある。
けれどそこをクリアーしているのは、彼の自然体であり、彼の難しくはないクリアーな哲学であり、そして彼が一度死線をさまよった経験もあるのだろう。でもその死線をさまよった経験ですら、さらっと語られていくのが素敵だ。


孤独な内にこもる執筆と作曲作業、そして逆に外に弾けるコンサートとかドラマ出演。
このハレとケを自分の中でこなしているのが星野源なのだろう。
自分が一人であるというのを常に自覚している男。
そして、人との付き合いに失敗した小さい頃のことを分析できる男。
この中のROOMというエッセイも一人の時のエッセイだけれど、ホテルからの東京の夜景に始まって、想像力がどんどん広がっていく無邪気なそして無邪気であるがゆえに深い洞察が光る。
2017.05.17 ifの悲劇



評価 4.9

仰天した。心底仰天した。
これが、『絶対にだまされる!』の大きな文字の帯がついているけれど、本当に騙された・・・ああ・・してやられた・・・
読み返し必至の作品だった。
しかも帯には続いて
『殺人を犯した男の人生が、ふたつに分岐していく。
驚天動地のパラレルワールドミステリ!』
という惹句もある。
そうなのだ、この話、パラレルワールドの話で、一つの話は
「犯行直後に目撃者を殺した場合」であり
もう一つは
「犯行直後に目撃者を殺さなかった場合」
というA面とB面に分かれている。

最初のプロローグでそこのところは作者おぼしき人が出版社の編集者とのんびりとこのパラレルワールドミステリについて語る、という部分が、実話のように書かれている。
そして始まった話・・・
これがまたえぐい。
なぜなら近親相姦や(同性愛(こちらはたいしたことがないが)を扱っているから。
しかもご丁寧なことに、主人公が妹とその禁忌を犯す、だけではなく、別の個所にもある人がそういうことで生まれた、という二つの近親相姦なのだ。

小説家の加納。
愛する(この愛は妹への愛を超えて男女の愛でもある)妹の自殺に疑問を感じて調べていた。
そのうちに、妹の婚約者奥津の浮気が原因だということに激怒する。
そして奥津を呼び出して殺害、ところが偽装工作をして帰る途中で、加納の運転する車の目の前に男性が飛び出してきて・・・


ここからなのだ。
Aは、その男性をひき殺してしまった場合。
Bは、その男性をひかずに済んだ場合。
これを読んでいくと、Aのひき殺した方が、その死体の処理は面倒なものの、あとからとても楽な感じが漂ってくる。
一方Bの方は、ここに殺人犯の加納がいてはまずいのにそれを目撃した面倒な人物が徘徊することになってこちらはかなりかなり面倒なことに巻き込まれていく。

この話の中で、妹の彩が意外に男にだらしない女だということも判明して、兄の加納は衝撃を受けたりする部分も面白い。
誰でもオッケーな女、都合の良い女、が妹だと知って衝撃ではあるのだが、加納自身が禁忌を犯して妹と結ばれているのでそこを責めるわけにはいかない。
加えて妹の婚約者の奥津にも深い事情があるというのが深くわかってくるのだった。

そしてラスト、Bが終わった。
私はここで、(ああ・・えぐい話の割には単純に終わったのね・・・)と思ったら、エピローグの衝撃が待っていて・・・
ただ。
この真相は、非常によく出来てはいるものの、同時に細部がとてもわかりにくい。
あ!そうだったのか!と思っても、もう一度照らし合わせるぐらいのことをしないと頭の中が混沌としてくる。
だからさくっとはわからない真相なのだ(表面上はさくっとわかるのだが、細かいところが、え?となる)
ちょこちょこ違和感を感じていて、更に、最後の方のB部分でたくさんの傍点が文字についている。
ここで、え?と思ったりしていたのだが・・・

以下ネタバレ
・A面
30年前の1986年に近親相姦を兄としていた加納彩は飛び降り自殺してしまう。
彼女の当時の婚約者が奥津行彦。
奥津は養子縁組で奥津家に入ったのだった。
奥津もまた近親相姦で生まれた男であった(実母の名前はリン)
奥津には婚約直前に付き合っていた琴奈という女性がいた。
琴奈の両親が『奥津が近親相姦で生まれた』というのを知り破談にさせた。
そして琴奈に屋上から突き落とされ殺された加納彩。    ★琴奈→加納彩を殺す
(この殺しを奥津は実母リンが訪ねてきたときに告白する)

加納彩の小説家の兄加納は、奥津を殺してしまう、妹を殺した人間だと思って。★兄→奥津を殺す
しかし夕張のアパートから網走に戻る途中で、猪澤(奥津の脅迫者で、彩のファン)を轢き殺してしまう。★兄→猪澤を轢き殺す
(のちに、この猪澤が奥津行彦を殺した殺人犯と警察に誤認され、それがもとで猪澤の父親が登場することになる)
ばれずに逮捕されずに兄は桃子という女性と結婚する。
二人の間にできた女の子に彩という名前を付ける。

・B面
1.琴奈は、彩を殺害したので逮捕された。
その時に奥津の子供を産んでその時に死亡、生れたのは双子。
兄卓也は琴奈の実家に引き取られ、弟進也は奥津の家(ここは実際には血がつながっていない孫)に引き取られる(どちらも孫にあたる。琴奈も奥津もこの時点でいないのだが)
この時点で、奥津進也が生まれることになる。
これを奥津行彦の生みの親リン(つまり双子の本当の祖母の一人)は把握している。

2.卓也はこのあと、もてあまされ養子に出されてしまう。
そしてぐれた道に入った卓也は、自分が殺人の被害者の父親(奥津)と、犯罪者の母親(琴奈)の間に生まれたことを知る。
そしてリンと卓也は親密になった。
リンは奥津が加納兄に殺されたことを卓也に告げ、復讐を決意させる。

3.卓也は加納兄を破滅させるために加納の娘の『彩』に接触する。
そして彩と結婚。婿養子になり、加納卓也になる。
そして加納兄の小説の営業サポートをする。

4.2016年になっても復讐が始まらないので
リン(奥津の実母)が業を煮やして、今度は弟の進也に接触する。
(進也は同性愛者で当時付き合っていた人が鈴木太郎だった)
そして卓也は進也を殺してしまう。 
更に本来の目的である、自分の父親を殺した加納兄を殺す。

 ★加納卓也→ 進也を殺す 鈴木太郎は自死するが死体を解体、加納兄(義理の父)を殺す
(30年前の父のトリックと同じの車トリックを最初の方で使う。)


・・・・・・・・・・・・・・・
AとBと二つの面でパラレルワールドと思って読んでいるのだが、最後になってこれがパラレルワールドではなく、
きわめて似た状況の時制が違う話、である、ということがわかる。
時制トリック、名前トリック、双子トリックがトリプルで仕掛けられている。

・まず時制。
途中の奥津の部屋には床下収納がない、とか(Aであったはず・・・と違和感)
二人組の刑事の一人和泉が若かった方のはずなのに中年、とか(Aでそうであったはず・・・と違和感)
キーになる夕張のバーMの雰囲気が変わっているとか(Aでは若い人たちがたむろしていた場所のはず・・・と違和感)

があるように、AとBには30年の時が流れている。

・人の名前
ここがややこしいが、上にも書いたように
・加納は二人。
加納豪(作家で筆名は花田欽也)がA面
加納卓也(変遷を経た後、上の作家の娘彩と結婚して婿になり加納姓に)がB面

・奥津も二人。
奥津行彦がA面の奥津(近親相姦で生まれた男で、加納豪の妹の彩と婚約していた男)
奥津進也がB面の奥津(上の奥津が婚約前に付き合っていた女性琴奈が生んだ双子の片割れ)

・双子トリックについては
卓也は車内に残ったDNAが一卵性双生児は同じ、
Nシステムも顔が同じだから通り抜けられる、と思って犯罪に使おうとしたが、進也の指紋が消えてしまった。

何度も顔を見た、とか
同性愛の進也の相手の鈴木太郎から思いを寄せられたりとか(顔が同じなので)
そこここに双子の伏線がある。
また、A面の最後の方(192ページ)で、はっきりと琴奈が子供が生まれる前で男の双子と記載されている。だから双子トリックはアンフェアではない。



評価 4.6

面白く読んだ。
私のスタンスとして、村上春樹の新刊が出れば初期から必ず読んでいて春樹ファンではあるけれど、作品によってすごく好きな作品と普通な作品とに分かれている、という感じだ。
だから根本的には読むのが大好きな作家だけれど、熱狂的かと聞かれるとそうなのだろうか?なんでもかんでもいいんだろうか?という自問自答も残る。

こうして面白おかしく書かれること、話し合っていくこと、ある意味おちょくっていくこと、に嫌悪を抱く人もいるだろう、特に生真面目な人に、熱狂的な村上ファンに。
またこういうくすぐりや突っ込みが面白くてたまらない、という人もいるだろう。
これまた私はこの本の中で、面白い部分もある、けれどここはどうなの?という部分もある、という印象も残った。

・・・・・
どういう観点で読んでいくのかなあというのがまずあった。
数々の思いがまたよぎる。

これって、まず騎士団長殺しを読んでいない人が読んだら、どうなのだろう?
あらすじにばしばし触れていって、そこから本を読みたくなるっていいことなのだろうか?
出版界にとってはいいことなのだろうけれども、確実に。
もしこの本を読まずに村上春樹作品にも一生触れなかったわ、だったらまだしも触れるきっかけになったからいいのだろうか?
あと、1Q84などにも言及しているのでそれも読んでなかったらどうなのだろう?

これを読んで読みたい!と思うことは素晴らしいことだとは思うものの、話に触れているので、ゼロの状態で話に向かうことは出来なくなるだろう。
きっとこのおちょくり方を頭の中に入れながら、突っ込みながら読んでいくことになるのだろうか?
人の本を読むスタイル、にもよるのだろうけれど。
少なくとも自分は読んでからこの本を手に取ってよかった、と思ったものだった。

・・・・
内容だけれど、理不尽ではない、と思った。
突っ込んでいるところはいちいちごもっとも!でもある。
ごもっとも、ではあるけれど、説明しすぎと言われてもそれがこの人の持ち味でそこがいいところなんだけれどなあ・・・と思う部分もある。
似たようなキャラクターモチーフが出てくることに対して、いろいろ言っている人がいるけれど(この本ではなくても)、それもまた大森望さんが明快な答えを出していて、ここは、膝を打つくらいに、ごもっとも!と思ったものだった(50ページ)

個人的に思ったのは、作品の内容とか表現がどうこう、矛盾点がどうこう、という前に、その作品が好きかどうかという単純な読み手の思いも、大きくこういう話し合いに関係してくるんだなあということだった。
たとえ表現が稚拙な作品であっても多少の矛盾があっても、好きな人が書いた好きな作品だったら無条件に受け入れてしまう、読書ってそういうところがある。
また好きじゃない作者でも、作品自体が今一つでも矛盾だらけでも、その時の自分の状況によって、ばしっと受容してしまうところがある、読書ってエモーショナルなものだから。
物語ってそもそも虚構なのだから、受け入れる姿勢ができるかどうかというのはひたすらその作品の質とかもそうだが、作品もしくは著者に対する愛情みたいなものもある。
そのあたりの自分の立ち位置が非常に難しいなあと思った次第だ。

騎士団長殺しの時系列表は私も読んでいる最中に軽く作ったけれど、ここできちんと作ってあるのでその部分は面白く読んだ。

・・・・
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年も触れられているが、ここは私も、(そうなの!)と思うところがとても多かった。
最初の謎(なぜ多崎がはじかれたか、仲良しグループに)が、解き明かされても、(なんで!!)という思いが強かったからだ。

というようにいろいろな思いを掻き立ててくれた一冊。
現役の作家だからこそ、そしてファンだからこそ(ゆるいファンとはいえ)こういう様々な思いが様々に錯綜するのだけれど、これが没何年という作家に対してだったら、きっと大爆笑に次ぐ大爆笑で終わったような気もする。
2017.05.06 運命の絵



評価 5

相変わらずこのシリーズ、とても面白い。
前の本でも書いたと思うけれど、一つの絵について語っているだけではなく、そこから他の本や歴史などに波及していくその語り口が思わず惹きつけられるのだ。
今回はテーマが運命。

この中でなんといっても印象的なのは、左目のないブローネルの自画像の話だった。
美男子で知られるブローネルがなぜか左目が溶けているような破損している目を描いた自画像。
その数年後に、喧嘩のとばっちりで本当に眼をなくしてしまう、しかも左目を。
これが運命でなく何であろう。
もしこれが、自分で傷つけてしまった(無意識にせよ意識的にせよ)だったら、まだ何か話が成り立つが、話を読んでいる限りは、ただのとばっちりだから余計に怖い。

ムンクの叫びは有名だが4枚あって、その中の2枚が別々の盗難にあうという運命をたどっているのは知らなかった。

ロミオとジュリエットの話から、教皇派と皇帝派の話に至り、そこから表紙のパオロとフランチェスカの話にたどり着く語りもお見事だ。しかもここにはダンテの神曲についての言及もとてもわかりやすく書かれている。

ホガースの連作の当世風結婚も読み解いていく感じが面白かった。
連作、なので最初の方から見ていくと徐々に状況が変わっていくさまが見て取れる。
2017.04.26 スレーテッド




評価 4.8

楽しい、ただただ読んでいてページをめくる手が止まらないほど楽しい。
最後の解説で大森望さんが、これと同じタイプの小説をずらずら出してくれている。
それを見ながら
(どれだけ自分はこの設定が好きなのか!)
ということに気づいた。
この設定とは、

「ある時に目覚めたら、自分が記憶を消されて別の自分になっている」
設定だ。
しかもこれは、16歳の少女カイラだからさらに不安感が増してたまらない。
少女なので自立できずに、よくわからない家庭に引き取られ、そこにもうすでにいる同じ立場の黒人の女の子といきなり姉妹になる。
父親と母親がいて、これは疑似家族になるわけだけれど、母親が微妙に冷たい(と最初見える)
そして学校に通い始めると、そこには同じようにスレーテッド(過去を清算された)された人たちがいてそこはかとなく差別されている。
犯罪者だったと言われている、スレーテッド。
じゃあ自分は何をしたのか、人殺しなのか、それとも暴力事件か・・・

・なぜ記憶を消されたのか
・フラッシュバックのように思い出される場面とは何か
・なぜカイラだけがこの記憶を保ち続けられているのか
そんな謎が最初の方から爆発している。
簡単な言葉でいえば、誰が味方か誰が敵かということすら見分けがつかない。
誰に本当のことを言ったらいいのかというのがカイラには見えてこない(ここもどきどきする)

だんだんわかってきたことは、
スレーテッドは、記憶と性格を変えて入院生活を経て普通の生活に戻された人間、
ということなのだ。

唯一、学校で出会ったボーイフレンドであり理解者の同じスレーテッドされたベンが頼りになっている。
でも嫌がらせはスレーテッドではない普通の女の子から受けていて、辛い思いをするカイラだけれど、ある日この女の子自体が学校から消え去る。
理解者であった絵画の先生も連れ去られる。
皆ローダーズと名乗る見張りに連れていかれるのだ。
ローダーズとは?
消え去る理由とは?
消え去ってからのちにどうなるのか?


手首にスレーテッドがレボと言われる輪をつけられているのも泣ける。
だから普通の人間か、矯正されたスレーテッドかは一目瞭然なのだ。この輪、のせいで、常に幸福かどうかをチェックされていて、もし幸福度が下がると失神してしまうのだ。(10段階評価になっていて3以下は失神)

カイラが特殊なのは怒りのコントロールができないと、レボの数字が逆に上がってよいことになっていくのだ。
いったいこれは?
フラッシュバックで見る煉瓦を積み上げる作業とは?
カイラがスレーテッドされたのにまだ左利きを覚えているのはなぜ?

謎がまだ謎であり、次巻に続くらしい。
この世界いったいどうなっているのだろう?

ここまでのネタバレ
・ママ、は最初の印象と違って意外にもいい人側?
どちらかというと、パパが怪しい。

・カイラはルーシーという女の子だったらしい。
ルーシーは行方不明者としてネットに出ていた。

・カイラをいじめていたはずの普通の人間はとらえられ、スレーテッドされた。



評価 4.5

前作の夜の底は柔らかい幻、は読んでいたが、正直に言えば、話に乗り切れなかった。
特に上巻はうわーっと面白かったのに、下巻になって・・・
(前作はミステリというよりホラー系に私は思えてならなかったのだが・・・。)
それで、今回次作が出たというので読んでみたが、これは次作というより前作のスピンオフだった。
前作より状況がわかっているのでそこは入りやすい。
まだ大人になっていない将来残酷な殺人者になる人たち・・・
前作よりこちらの方が好感が持てたのは、戦い部分が少ないからだろうか。

ここでも在色者とかの特別な用語は出てくる。
けれどここは状況がともかくもわかっているので前よりもずうっとわかる。
特殊超能力者がいてその超能力をどのようにコントロールするか。
どのように生かしていくか、また押し込めていくか。
そのあたりのところは読ませると思う。
ゲイの勇司君の部分がとても読みやすかった。
あと一歩、物足りない感じがした。

このタイトルの話、ウィリアム・ブレイクの詩と絡めて(もちろんクリスティも意識しているのは書かれている)語られているところ、このようなどうしようもないさがのようなものを背負った人たちの話はここだけ突出して読ませると思ったのだった。
2017.04.16 月の満ち欠け


『瑠璃も玻璃も照らせば光る』

評価 5

大変面白かった。
途中で読む手が止まらなかった、一体何なのか、どうなるのだろうか、これは一体誰なのか、と。
ミステリだけれど、広義のSFっぽさもある作品だ。
時系列が並んでいないので、あとから、こうだったのか!!!という新たな視点が飛び出してくるのもとても読ませる。
あとから前のところを再読してみると、これはこういうことを言っていたんだ!という伏線らしきものも見えてくる。
どうだろう、この作品、予備知識がゼロの方が更に楽しめるのではないか。
私もほぼゼロだったのでおおいにおおいに楽しめたのだった。
佐藤正午の前作の鳩の撃退法もめちゃくちゃ面白かったが、この月の満ち欠けも私は大好きな作品になった。
このところの佐藤正午、本当に目が離せない!

冒頭では全く状況がわからない。
母子連れがいて、彼女達と話している小山内という中年の男がいる。
彼らは東京ステーションホテルの喫茶店で語り合っている。
母子の娘が「るり」という名前で、奇妙なことをたくさん口走っているのだ。
初めて会うらしい小山内という男に、どら焼きが好きだったよね、とか、コーヒーはブラックで、とか、彼の嗜好を指摘していく。
それに小山内は半信半疑という面持ちで立ち向かっている・・・・

この冒頭がまた秀逸であって、なんだなんだ?と読み手を引き付ける。
一体この三人の関係性は何なのだ?

そこから小山内堅(つよし)のここまでの人生が語られていく。
彼は同郷青森県八出身の梢という女性と大学で「偶然」会って彼女が同じ高校の後輩だということを知る→(このあたり南部藩というサークルの中の班を作って活動した描写とかがあとになって、ああ!と思う箇所)
梢と平凡な結婚をして女の子が生まれた、その名前を瑠璃と名付けた。
瑠璃が7歳の時に発熱して、それ以降彼女の様子が変わっていく・・・・


ここまでで、あ、あの種類の話・・・とおおよその見当はつく。
見当はつくし、それは当たってはいるのだけれど、ここから非常に複雑な経路を物語はたどることになる。
複層的に話が語られて行き、しかも多視点になっていくので、ある人から見た真実とある人から見た真実が異なっていくのだ。

正木瑠璃と三角哲彦(アキヒコ)の青春部分もとても良いと思った。
この当時の風俗が活写されているし(まずビデオ屋自体が懐かしいし、映画館がまだシネコンではないので勝手な席に座るところとか、ゴダール、トリュフォーを語る文学青年とか、懐かしすぎる)、惹かれあっている二人が更に更に惹かれあいお互いに慈しみあう様子が手に取るように伝わってきた。

特にラスト二章の畳みかけがすごかった。
12章のラストの方で、自分の今の状況を自問自答して東京駅で崩れ落ちる堅の姿が忘れ難い。
自問し続けてし続けて、ある一つの答えにたどり着くのだ。
ここは、読み手側のわたしにとっても思ってもみなかった事実だったのでとても驚いた。
最終章13章では、ある時間帯のある人間の行動を出している。
ここは光のある章だ、きらきらとした光に溢れているクライマックスの章だ。
最後の言葉で私はぐっと来た。

人を見分けるのに、名前もだけれど(この場合おなかの中で声を聴いたということになっている)、ある種の癖のようなものが見分ける点になってるのもわかるなあ・・・と思った。
ぺろっと舌を出す癖。
これがキーにもなっている。

ある話を信じてくれる人、くれない人が錯綜している。
普通の感覚だと信じてもらえない状況というのは痛いほどわかる。
その中で瑠璃の言うことを信じた人たちがいるのだ。

・最初の小山内瑠璃の母親、梢。
・正木瑠璃の夫。
・緑坂るりの母親緑坂ゆい。
・当の見つけられる本人の三角アキヒコ。
そして最後に納得したのが
小山内堅だった。


<以下ネタバレではないけれど内容にかなり触れるので一切のことを遮断したい人はあとで読んだ方がいいと思います。
多分ここは書かなければこの話を語れないと思うので。>


この話、転生の物語だ。
誰かが誰かに生まれ変わる、これを君は信じられるかというたぐいの話だ。
何度も生まれ変わっている一人の女性正木瑠璃が、元々は人妻であってそこで愛のない生活を夫としていて、たまたま高田馬場で貸ビデオ屋(まだビデオの時代だった)で、一人の青年、三角哲彦(あきひこ)と愛し合うということに始まっている。
心打たれるのは、道半ばで死んでしまった瑠璃が転生して、またアキヒコと会おうとするところだ、愛の物語であるのだ。

しかしタイムリープではないので、誰かの子供として生まれるしかないという設定になっている。
その間にどんどんどんどん相手側が年を取ってしまうのが悲しい。
子供と大人どころか、下手をしたらお爺さんと子供の出会いということになってしまう。
最初に正木瑠璃が生まれなおしたのは、小山内堅の子供として、だった。
何度も家出を繰り返し、当時のアキヒコ(こちらは年を順当にとっている)に会おうとするが小学生なので補導されたり止められたりする。
これを生まれ変わりと信じたのが、彼女の母親梢のみだった、父の堅は一切信じようとしないばかりか、梢の精神状態まで疑ったのだった。
そして高校生になったら行ってもいいという許可をもらった母子は、三角が当時いた場所に行こうとするところで自動車事故であえなく死んでしまう。

・1.正木瑠璃(電車で轢死)→2.転生して小山内瑠璃(自動車事故で母親とともに死亡)

一方で、最初に死んだ正木瑠璃の夫竜之介は妻が亡くなったことで衝撃を受け、仕事も失い全てに自暴自棄になっているがそのうちに小さな工務店に雇われ、そこで人生を立て直そうとする。
工務店の孫が希美(のぞみ)、希美は異常に竜之介になつくのだが、ある時を境目に彼を疎ましくする、という経緯をたどっている。
しかも彼女はもともとは瑠璃という名前を付けられるはずだったが(これも胎内にいる時に母親が聞いた言葉)、事故が起こった時だったので、祖父と父の反対にあってやめたという過去がある(これが第三の瑠璃)。
彼女はある時を境に、ここにいるのがかつての冷たい夫だということに気づくのだった。
そして彼に自分がかつての妻瑠璃だということを信じさせ、彼とともにアキヒコのところに行こうとするのだが・・・
飛び出しで、希美は死んでしまう。
そして一般的な目で見られた竜之介は、少女の誘拐という罪にさらされてしまう。
(竜之介が工事で行った小学校で既に小山内瑠璃に会っているというエピソードも秀逸、その時に年齢にそぐわない黛じゅんの歌を歌っていた。また竜之介が元々は有能な男で非常に記憶力に優れているという点も重要で、だからこそ、小山内瑠璃が自動車事故で死んだという時に反応できる)

・1.正木瑠璃(電車で轢死)→2.転生して小山内瑠璃(自動車事故で母親とともに死亡)→3.転生して小沼希美(瑠璃の名前が付けられなかったのは、2の事故が当時あったから)

そして冒頭の東京駅ステーションホテルの場面に移る。
小山内はかつての自分の娘瑠璃が描いた三角の肖像画を持ってきている。
ここにいるのは、
女優の緑坂ゆいとその娘「るり」だ。
るりは4番目の瑠璃であり、彼女も記憶を取り戻していた。
だからこそ、2番目の時に父親だった小山内の嗜好を知っていた。
更に、驚くべきことを彼女が言う。
転生は自分だけではないと。
今、小山内堅が結婚しようとしている子連れの女性がいるが、その子供がかつての妻と同じような呼び方で彼を読んでいるということを小山内は自覚する、そして諸々を考え合わせ、義理の娘がかつての梢だったということに気づき、東京駅で崩れ落ちる。
(緑坂ゆいは、かつての娘瑠璃のの同級生で親友である。るいの口から、娘瑠璃が『母親梢が語ったこと』として教えてもらったのは、彼女が小山内を高校の時から後輩として愛していて、追って東京に来たのだ、ということだった。小山内堅は初めてここで知る。)

・1.正木瑠璃(電車で轢死)→2.転生して小山内瑠璃(自動車事故で母親とともに死亡)→3.転生して小沼希美(瑠璃の名前が付けられなかったのは、2の事故が当時あったから。彼女も事故で死亡。) →4.転生して緑坂るり

最後の緑坂るりが最終章で、三角とようやく出会うというところにようやく、という気持ちで涙が出た。
2017.04.05 堆塵館



評価 4.9


ご・・・ご無体な・・・
殺生な・・・・
ここで終わりか!
次を早く!!!(もうすぐ出るらしい)

久々のエドワード・ケアリーだったけれど、とても面白かった。
独特な奇妙な挿絵がまたいい。
振り仮名がふってあるので、子供向けでもあるだろうか。
これを子供の時に読んだら、楽しいだろうなあと羨ましくなった。

読みながら、何かを思い出す・・・と思ったら
テレビドラマのダウントン・アビーとハリーポッターだった。
ダウントンアビーの場合、召使たち(執事なども入る)と上流階級の人たち、なのだが、くっきり上下階に分かれている。
(ちなみに表表紙と裏表紙にその家の断面図?が載っていて、これまたじっくり見ると面白い!)
堆塵館でも、
上の階と下の階(というか地下)はくっきり分かれていて、下の階の人たちは上の階の人たちが寝静まった後いろいろなことをこなさなければならない。

ただ違うのは、これが巨大なゴミ屋敷であり、外側もゴミであるということだ。
屋敷の上の階にいるのは、アイアマンガーという純血の一族なのだ(ここがハリーポッターを想起させる、純血というのがとても重視される魔法世界ではここがマルフォイとかそのあたり)。
下の階にいるのは、そうではない人達で、両親のどちらかがアイアマンガーで、その二世三世の子供たち、が召使になっている。(ハリーポッターだったらここが

まず上の階のアイアマンガーの人たちは、生まれた時に『何かの物』をもらう習慣がある。
これは、把手だったり、暖炉だったり、お風呂の栓だったり、人それぞれだ。
自分の命と同じようにその『物』を大切にしなければならない決まりがある。
この『物』が叫んでいる声が聞こえる一人のアイアマンガーがいる、それが体の弱いクロッドという少年だ。
物は何を叫んでいるかというと、自分の名前(これも後半で意味が分かってくる、なぜ名前を叫んでいるかという意味が)

またもう一人の主人公は、普通の世界からここに召使としてやってきたルーシー・ペナント。
なんせ元気がいい、そして彼女の視点で不思議に思う質問は、読者が思う質問なのだ。
ルーシーは普通の人間の視点というのを代弁している女の子なのだ。

このクロッドとルーシーの出会いから、クロッドの親友の思いがけない出来事や、ルーシーの窮地など何しろ話はあちこちに行き、楽しませてくれる。

・・・・
後半、なぜ、物が名前を持っていたのか。
なぜ物が名前以外を語り始めたのか。
その謎が解けていくところもまた読ませる、あああ!そういうことだったのか!と。
クロッドが物のの名前を聞けるということはとても意味があったことだった。
また、堆塵館がどうやって出来上がっていったかという語りもまた読ませる部分だった。
外に投げ出された(つまりごみの上に投げ出された)ルーシーの描写もまた迫力がある。

次巻が待たれる。

・・・・
以下内容のことではないのだけれど。
(最後の解説で
クロッドやロザマッドの意味(確かにカタカナじゃわからない・・・)
名前のずれでハリエットがホリエットとか(確かにカタカナじゃわからない)
とあるので、これを一覧にしてほしい。
あと、登場人物表がぜひ欲しいと思った。これはつけてないのに何か意図があるのだろうか?
英語と日本語で登場人物表をつけて、そこに名前とともに、クロッドの英語の意味、ロザマッドのマッドの意味をつけてくれたらこんなにありがたいことはない。)