2017.03.06 騎士団長殺し



以下まだ読んでいない人のために全面伏字とします。
ネタバレも当然入ります(ある程度は、わけるつもりですが)
ある時期になったら解除いたします。

評価 4.9

全体を読んだ感触は、ねじまき鳥クロニクルを思い出すなあ・・・だった。
でもそれよりも、まずこれを読んで、最初に思ったのが、『形を変えたグレートギャツビーだなあ』ということだった。
なぜかというと、→ギャツビーで、別れた恋人のデイジーの姿を求めて、港を隔てた反対側に豪邸があるのがギャツビーなのだ。

恋人の動向を知りたい一途な思いのギャツビー。
人妻になってしまってもまだ思い続けるギャツビー。
謎めいた彼の姿が、ここでも謎めいている免色さんに重なるのだった。
免色さんがが何を見ているかというと
彼が自分自身で自分の子供だ、と思っている女の子を双眼鏡で反対側の家から見続けることになる。
 
・・・・・
最初のプロローグを読んで、この顔のない人は何だ?と思っていると、途中でそれがわかってくる。
だから全部読み終わってから再びプロローグに戻ると感慨深い。
にしても、エピローグはないんだろうか?
まだ未完なんだろうか?

この話、謎が謎を引っ張っていって、ある種読ませるミステリでもあると思う。
何が謎といって数え上げればたくさん出てくる。
あるところでは、幻想の雰囲気も保っていて、ファンタジーの領域も見受けられる。
村上春樹の他の作品を確かに思い出しはするけれど、焼き直し、では私はないと思う。
これだけの分量を飽きさせず読ませたのだから。それだけの力があったのだから。

肖像画で糊口をしのいでいる絵描きの男が妻と別居する。
妻には男がいたらしい。
割り切れない思いの男は、東北を放浪したのち、友人の父親の別荘に住まわせてもらうことになる。
友人の父親は高名な日本画家であり、今は施設にいて意識が混濁しているような状況だ。
ある日、彼はこの家で妙な物音を聞いてしまう・・・それは確かに外から聞こえてきた鈴の音だった。
それを追求していくと・・・・
また、屋根裏部屋に一つの絵を発見してしまう。
そこには異常なものが描かれていた・・・・


この鈴の音が出てくる場所が、村上春樹の某小説の井戸のようだ。
井戸ではないけれど、深い場所にあるのだ、鈴は、はしごをかけるほどに。
更にこの鈴をだれが鳴らしていたか、という謎がある。
また、これを必死になってクレーンまで使ってお金をかけて出してくれたのは、ちょっと前に知り合いになった免色という男だった。もともと彼は肖像画を描いてほしいという依頼をしてきた人物だった。
この免色がどこに繋がるのか。
彼が頼んだ肖像画はとても不思議なもので出来上がったけれど、そこには彼の本質が描かれている、と理解していた。

絵の描写がとても良い。
人の絵を描いているだけではなく、その人の周辺状況を知ることによりまたその人の人となりを知ることにより絵が完成していくのだ。
ところが免色の絵は結界を破ったように破調の絵になる。
このあたりが読んでいて非常に面白かった。
何かが崩れていくように、肖像画をやめて自分の思いのままの絵を描き始める男。
芸術が花開くような姿にちょっと心打たれたのだった。
しかしこの描き始めは思いもよらないところに着地していく。

そして彼に目に見えたのは、一人の(小さな)騎士団長だった。
騎士団長の話はオペラドン・ジョバンニの話にも通じていく。
精巧な人形のような騎士団長は、奇妙な丁寧すぎる言葉遣いで彼を翻弄していく。
緊張が多いこの小説の中で、なぜかユーモラスな感じのする騎士団長の登場部分だった。
が、最後の方で彼は意外な役割を果たす。
画家に自分を殺させるのだ、彼は自分自身をイデアと言っている。免色の娘が行方不明になった時に、彼女を探す最後の手段が、彼を殺すことだった。

またこの別荘を貸してくれる友人の父が、なぜドイツに行きながら帰国したら日本画になり(それで成功したとはいえ)戦前と戦後の画風が変わったかという話も読ませたのだった。
彼が口を閉ざして言わなかったある事実。
ここも謎に満ちている。
なんせ話す唯一の人はもう意識が混濁している状況なのだから。


・・・・・

以下疑問と覚書

・ミステリアスな免色さんはどういう人だったのか、結局。
なぜあのような生活をしていたのか。
あれは自分の子供を見るためだけのことだったのか。
全ての彼の行動はそこに結びついていくのか。

・彼の娘が彼の家に侵入して息をひそめる場所のクローゼット。
ここに免色さんが最接近した時がある。
開けようとした時がある、開けなかったのだが。
何か邪悪なものがそこにいた・・・・
それは誰だったのか、いや何だったのか、免色さんの中にある邪悪なものだったのか。
とすれば、それは何なのか、免色さんはなぜそのようなものを持っているのか。

・父親があの絵を描いた経緯というのは、ここに書かれていることだけだったのか。
どのような気持ちでどのような状況で描いたというのはない。
だからそこは想像しろということなのか。
誰かもうちょっと知っている人はいなかったのか。

・免色さんの年頃の娘が自分の胸が小さい話を、それも何度も赤の他人ともいえる人に語る、というのがとても違和感があった。
なぜだろう、ここを何度も何度も執拗に描いたのは?
そこまで面白いエピソードなのだろうか。

・妻との和解。
こういう感じで和解できるのか。彼の冒険の末(心の)、にここにようやくたどり着くのか。
それよりも前の段階で、妻と別れるのが、こういう感じで夫が納得していないのに別れるんだろうか。
ここまでして別れたのにまた簡単に和解できるのか。
また妻はこの子供についてどう思ってるのか。
夢は見たのだろうか妻側は。


・一人称が懐かしい。またこまめに食事を用意する風景も懐かしい。
ところどころに海外文学への造詣、音楽への薀蓄(そもそも騎士団長そのものがオペラの主人公なわけだがそれ以外にも)
、また過去の現実の歴史、が語られるのも懐かしい、夢で性行為をするというのもまた懐かしい、それが現実の子供になっているという含みがあるおまけがついてくるが。
もうここは全開の村上春樹節で、温かいお湯の中に入った気がした(肯定的な意味で)。

・主人公が比較的若い。
また父と子、という関係が非常に濃密にあちこちに出ている。
1.免色→まりえへの父と子の感情
2.主人公→夢で作ったと思われる小さな子供への慈しみ
3.主人公の友人(子の側)→施設にいる元画家への気持ち
この中で、1と2は極めて似ている。
『本当にその人の子供かどうかわからないのだが、二人とも信じようとしている、いや信じている、自分の子供だと』
2月の読書メーター読んだ本の数:10読んだページ数:3522ナイス数:284失踪者〈下〉 (創元推理文庫)失踪者〈下〉 (創元推理文庫)感想途中途中で、全く関係のない話と見える『何かに怯えて身を潜めている女性』『娼婦と、不幸な家の少女の二つの殺人事件』という出来事が見事に本筋に絡まってきます。また5年前の事件で一晩の宿のせいでマスコミの餌食になったマーク・リーヴの姿もくっきりと浮かび上がってきます。私はこの中で、ラストの真相にも驚きはしたのですが、もっともっとぐっときたのは、『ロザンナがなぜエレインを結婚式に呼んだのか、それほど親しくもないのに。』の告白でした。ここも人間の心のある種の部分を抉り出していると思いました。嘘についても考えました。読了日:02月23日 著者:シャルロッテ・リンク
失踪者〈上〉 (創元推理文庫)失踪者〈上〉 (創元推理文庫)感想非常に面白く一気に読みました。最大のミステリは『5年前に幼馴染の結婚式に行くために空港まで行ったのにあいにくの欠航で、そのあと杳として行方が分からなくなったエレインはどうなったのか』ということなのです。けれど、それだけではなく登場人物全員が生き生きと活写され、内面の心理描写もこちらにぐっと伝わってきました。冴えない容貌でぱっとしない辛い人生を送っていたエレインの姿が実際は失踪していないものの、痛いほどわかりました。そして、エレインの幼馴染で彼女を結婚式に呼んだ当の本人のロザンナの心理もまた克明に綴られて。読了日:02月23日 著者:シャルロッテ・リンク
ブロンテ三姉妹の抽斗―物語を作ったものたちブロンテ三姉妹の抽斗―物語を作ったものたち感想とてもとても面白く読みました。ブロンテ三姉妹の使った物を通して彼女たちの生活、作品などが語られていきます。詳しく作品に触れられているのでそこも読みどころの一つでした。私が面白いと思ったのは、犬への視点(確かに嵐ヶ丘、犬が出てきます、ヒースクリフの変貌と犬との関連性も面白い)と、手紙の章(親友エレンへの手紙は確かにジェインエアの親友を思い出させるし、一方的な恋文も興味深いし、何よりも郵便代!)と、墓の中に自分の何かを入れるということの意味など、堪能しました。ディケンズ、ウルフ、テニスン等他作家にも言及。読了日:02月14日 著者:デボラ ラッツ
人形 (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)人形 (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)感想あの『レベッカ』の作者の初期傑作短編集。とても良かったです。人間の心のざわめき、ちょっとしたことで崩れる心の何か、心の奥に潜む怪物のようなものを焙り出していくのが本当にうまい作家だと思います。私が好きなのは、島民のたまらなく退屈で平穏な日常がある一転で崩れる東風、最後も怖いが途中も怖い表題作人形、幻想的な雰囲気をたっぷり保ちつつ最後のところで現実が迫ってくる怖さのある幸福の谷、こういう女性いるいる、と思わせる笠貝、あたりです。しかしホラウェイ牧師!二回出てきてるけどなんとかしろ!とここは笑いました。読了日:02月12日 著者:ダフネ・デュ・モーリア
ライムスター宇多丸の映画カウンセリングライムスター宇多丸の映画カウンセリング感想質問があってそれに対してこういう映画を見るといいですよ、みたいな答えがあるという形式の本。面白いんだけど、きっと口頭で聞いたら(ラジオとかで聞いたら)宇多丸さんのあの弁がたつ感じとかでばしばし斬っていく感じとかがもっともっと伝わって面白いような気がしました。文字だとちょっとそれが欠けるかなあ。アイドル論のところは文字で思い切り楽しめましたが!読了後たくさんの映画が見たくなったし、見直したくなったのもまた事実であります。一点、出てくる作品の索引がほしいと思いました。読了日:02月12日 著者:宇多丸
帰ってきた海馬が耳から駆けてゆく(5)帰ってきた海馬が耳から駆けてゆく(5)感想友達を交えての生誕祭、前は大爆笑だったんだけど、今回私が大爆笑したのはそこではなく、ディーンフジオカ花粉症からの脱出の話、でした。いやあ・・・いいのかいいのかこんなことを書いて!と思いつつ大爆笑。わからないことを聞いてしまうどちて坊やにも大爆笑(私もこの傾向あるので)。あと体のことですが、健康面で見てもらっているお医者さんの怖さにも、くふくふしました。いるいる、こういうお医者さん!シリーズ長いですがこれからも続けていってほしいなあ~お体お気をつけて!!読了日:02月12日 著者:菅野 彰
文庫解説ワンダーランド (岩波新書)文庫解説ワンダーランド (岩波新書)感想時に大爆笑しながら読み進めました。こばひでって!(最大級に笑ったところ。重鎮小林秀雄)。いわゆる文庫の解説の解説、のような本です(過去の名作が多い)。文庫についている解説がこれほどまで出版社によって違っているとは!坊ちゃん一つにしても悲劇喜劇とこれだけあるとは!個人的には伊豆の踊子のラストがどうにも昔から解せなかったのですがすっきりしました。実は生真面目に分析しています。またわけのわからない解説をわからないと言ってしまうあたり、男気があると思いました(女性ですが)。切り口が非常に斬新でありました。読了日:02月05日 著者:斎藤 美奈子
映画と本の意外な関係! (インターナショナル新書)映画と本の意外な関係! (インターナショナル新書)感想大変面白く読みました。映画好き本好きだったら楽しめる本。最初のベルリン天使の詩のくだりも驚きました。インセプションのキルケゴールとの関係もそそられたし、leap of faithというのはこういうことなのか!!! という驚きもありました。ここからマトリックス続いてポセイドンアドベンチャーに行くところもお見事。20章のキャロルからハイスミスへの言及の中で、かたつむり小説はこういうことだったのか・・・というようにそうだったのか!という驚きが多かったです。見た映画も見ていない映画ももう一度見てみたくなりました。読了日:02月05日 著者:町山 智浩
三人目のわたし (ハヤカワ・ミステリ文庫)三人目のわたし (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想全てを捨てて新しい人生を歩もうとしている主婦エミリー。過去からの思いを断ち切って名前まで変えて新生活に飛び込むエミリー。でも断ち切ろうとしても断ち切れない過去がずうっと彼女に付きまとっています。詳細な生い立ちから現在に至るまでが視点を変え、細かな心理描写を交えて描かれています。それにしてもなぜ出奔?それが大きな大きな謎になっています。ラストで確かに驚きはあるのですが・・・ちょっと私には腑に落ちないことが色々とありました、すみません。読了日:02月05日 著者:ティナ セスキス
聖エセルドレダ女学院の殺人 (創元推理文庫)聖エセルドレダ女学院の殺人 (創元推理文庫)感想極上のミステリ!犯人が誰かというのはもう最後どうでもよくなっていました、すみません。それよりも寮にいる7人の少女の生き生きしていることと言ったら!それぞれが得意分野があり持ち味があるのです、共通項は、「家で疎んじられているので家に帰りたくない少女たち」なのです。彼女たちの性格が実に鮮やかに描かれていて、読んでいて何度笑ったことやら。絶妙なのは、どんどん人がやってきて少女たちを混乱させその混乱が新たなる才能を開花させる(演技だったり、メイク技術だったり)ところでした。あり得ない箇所というのもまたご愛敬。読了日:02月02日 著者:ジュリー・ベリー
読書メーター



評価 5

とてもとても面白く興味深い本だった。そして全編堪能したのだった。
最初のうち、残された物を通してブロンテ姉妹を語るだけなのか、と思っていたが、どうしてどうして。
物は確かに通しているけれど、物語の細部に至るまで読み解いてくれて、こうだったのか!とかこういう意図があったのか!とか、こういう思いがあったのか!とか、背景がこうだったのか!という新しい視点をもらったのだった。
またブロンテ姉妹だけではなく、その筆はウルフとかフィッツジェラルド、ディケンズ、テニスンといった人たちにも言及される。
そこも非常に面白いし、関連付けが見事だ。
姉妹で世界文学の二つを輩出しているという奇跡。
それを改めてこの本で感じた。
出来得るならば、この本を片手に、もう一度嵐ヶ丘とかジェイン・エアを読んでみたいものだ。

嵐ヶ丘、ジェイン・エアは読んでいないと実際にこちらを先に読んだらその魅力が半減するだろう。
読んでいたら、ああ・・これが!この箇所が!と感動するだろう。

(以下、嵐ヶ丘、ジェイン・エアの内容に触れます)

犬に対する記述がある。
犬がどちらにも出てくるけれど、特に嵐ヶ丘で実に印象的な出方をしている。
実際に彼女たちが犬を飼っていて、当時の犬への考え方とヒースクリフの犬から成長した悪魔のようなものへの変貌の解説の第四章は読みごたえがあった。
犬以下だったものから、今度はヒンドリーを犬以下で扱うヒースクリフの様子が手に取るようにわかる。
犬の描写も確かに小説に多いなあと改めて思った。

第五章のシャーロットの親友への手紙の話もまた読ませる。
親友エレンへの膨大な手紙・・・(これはジェイン・エアの前半生で親友で死んでしまったヘレンを確かに思い出すし、女性同士の愛というのも感じる)
また、自分の師への一方的な恋文(妻帯者であって妻がこの手紙を読んでいたという顛末・・・でもそのおかげでこの手紙が残ったという皮肉・・・)も忘れ難い。
この時代に、郵便がとても高かったこと、には驚いた、だから、暗号のように紙を使って文字を交差させて書いていく技があったとは!(ついでにいえば、中身を見て抜き取る郵便員がいるとは・・・)

第七章の死が作ったもの、はエミリーの死の場面で読むのが辛い。
辛いけれど、死んだ人の髪の毛を残す、これって私たちには発想できないことだ。
ヒースクリフがキャサリンの墓を暴き自分の髪の毛をロケットに入れる場面はあまりに狂気じみていて印象深いのだが、ここも、『死んだものと自分の一部が一緒に横たわる』ことに官能的だと感じるというのも驚きだった。
2017.02.12 人形



評価 5

あのレベッカのダフネ・デュ・モーリアの短編集だ。
これは幻の初期短編傑作集らしい。

人の心の奥に潜む何物か。
なにげない日常の中に住み込む悪魔のような感情とか狂気。
そういうものを掘り起こして見せつけてくれるのが彼女の作品だと思っている。
そのゆらぎ具合がとてもとても絶妙なのだ。

またこの短編集は、笑える小品も入っていてそれもなかなか味のある数編だった。
娼婦を扱ったものも数編あった。
牧師を扱ったものもあった。

私が好きなのは、東風、人形、幸福の谷、笠貝だった。

・・・・
東風、は貧しいけれど普通の暮らしを送っていた島民が、ある人たちが来ることによって、かき乱される生活というのをくっきりとあぶりだしている。
それは突然、がキーワードだ。
平穏な日々に突然終止符が打たれる怖さ、突然何かが起こって普通だった人たちが狂気の淵に行く怖さ、そういうのを感じた。→風と共にある船が到着する。そこにいた船員たちが島の人々と交流し始めるのだが・・・ここに一人の妻が船員の一人と密通する、それを夫が知って惨殺・・・

表題作の人形は、どうしてもある作品を思い出す→人でなしの恋(江戸川乱歩)
ある手記が海辺で発見されたことから始まるこの物語は、一人の男性の純粋ともいえる恋の物語だ。
その相手の女性の名前がレベッカ!
魔性の女と言ってもいいだろう、けれど彼女は一瞬彼を受け入れたようにも言える、ある人形の前で。
ところが後半・・・・・ぞっとする展開が男性を待ち受けている。
この人形の描写が何度読み返してみてもぞっとするくらいの描写で素晴らしい。
そして最後の暗転・・・

いざ、父なる神に
人々に尊敬されているジェイムズ・ホラウェイ牧師・・その内情は・・・
皮肉たっぷりに描かれている牧師の本当の姿は容赦が一切ない。
最後の最後で副牧師の窮状が出てきて、それすらも牧師の真の姿を際立って焙り出しているのだ。

性格の不一致
男女のすれ違いの物語。読んでいてあるある!と笑いたくなった。
ずれているのはお互いのせいではないのだけれど、間が悪い二人、そして謝ることができない二人が段々に心がずれていく方向に行く・・・

満たされぬ欲求
一種のコメディだ。
なんとか相手の女性と結ばれたい、だから結婚して新婚旅行に行って、と張り切っている新郎に次から次へと苦難が待ち受ける。新婚旅行でキャンプ場のようなところに行っていきなり雨って・・
下宿屋で部屋に閉じ込められるなんて(しかも一人で)
その姿が笑えるし、ちょっとオー・ヘンリーの物語のようだ(特にラストが)
これと前の性格の不一致を逆に連続で読むと、奥さんの側の許容度の違いが判る(満たされぬ欲求はまだ新婚のため奥さんがとても寛容なのが目立つ)

ピカデリー

お告げを信じる娼婦の話。
一題話のように話がつながっていって、彼女が見る箇所に何かの文字がたまたまある。
それを見て彼女が流れ着いた先は・・・というお話だ。
なんとも人生のやるせなさを感じるではないか、少しだけ笑いながらも。

飼い猫これはなんとも怖い話だ。
しかも当人は怖いと思っていなくて、読んでいる読者が危険だよ、というのが最初の方からわかる、という仕組みがすごい。
寮を出てようやく大人の階段を上ろうとしている少女がいて、彼女は大好きなお母さんの家に戻ってくる。
ところが、そこには前からいる義父がいて、なにやらお母さんの感じが変わっている・・・
タイトルが後でもう一度見てみるととても怖い。
この先どうなるのだろう、この少女は。
それを知りたいような知りたくないようなそんな気持ちに掻き立てられる。


メイジー
メイジーという娼婦の心の中をずうっと追っている。
彼女が見るものは、死んだ娼婦とか、老いた娼婦とか自分の行く末を暗示しているようなものが多い。

痛みはいつか消える

なんとも皮肉な話だ。
自分の愛する人が帰国する日、に自分の親友から連絡がある。
そして親友が愛する人に裏切られたのを知り大いに慰めるのだった。
痛みはいつか消えると。
ところが、自分の愛する人が帰国して会ってみたら・・・

天使ら、大天使らとともに
またしてもジェイムズ・ホラウェイ牧師!!
牧師が自分が病気でいない間に一人の副牧師に後を任せる。
その間に、かつて来ていた富める人たちはいなくなり、貧乏な人たちで超満員になった教会があった。
本来の姿はこうなのだろうが、この牧師はこれが許せない。
これもなんとも牧師に対する皮肉な話だ。

ウィークエンド
ウィークエンドを楽しく過ごそうとしている恋人二人の物語だ。
それなのにボートを借りたというところから彼女たちの亀裂が明らかになっていく。
ちょっとしたことで別れていく男女の姿がなんともいたわしい。

幸福の谷
幻想的で美しいそしてちょっぴり怖い小品だ。
いつも夢見ている幸福の谷。
それが現実にあるとは・・・その中をさまよった末に女性は、現実の恋人からまさにそこ、を提示される(ここがかなり怖い)

そして手紙は冷たくなった
遠くの場所で兄の知り合いから手紙が来た、そこから文通が始まり愛がはぐくまれ、・・・の話。
手紙の口調が段々変わっていくところが読ませる。
そしてこれは、上にある作品のウィークエンドで言い争いが始まる二人の男女の姿に酷似している。
いいところしか見えなかった恋人時代、そして徐々に飽きていく感じが。


笠貝
この話、こういう人がいるだろうなあ・・・と思うだけで怖い。
自分が正しいと信じていて、彼女のアドバイスとか執着とかで人様の人生を操ろうとしている、しかも自分はいいことをしているという自覚があるのだ。
笠貝とは岩に必死にくっついている貝だからこれは、女性が人にくっついていく様、を表しているのだろう。


評価 5

映画好き、本好き、だったらとても楽しめる本だと思う。
沢山の映画を見ていればいるほど楽しめるような気もする。

原作小説、のみならず、その映画でちらっと出てきた本とか、思わぬ関連の本とか、曲の歌詞とかそれはそれはいろいろな観点がありどこからどこまでも堪能した。
見た映画ももう一度見てみたいという気持ちにも駆られたのだった。

また知らなかったことが多くて、ええええ!そういうことだったの!とかこうだったのか!という驚きもまたあった。

・・・・・・・・・・・・・

インターステラーの本棚は覚えているのだが、ここで出てきた本の時の矢がこんな意味を持っているとは!メメントがここから発想されているとは!

インセプションのキルケゴールとの関係も非常にそそられた。
leap of faithというのはこういうことなのか!!!
ここからマトリックス続いてポセイドンアドベンチャーに行くところもお見事だ。

第八章で恋人たちの予感を取り上げている(というかノーラ・エフロンを)
大好きな映画なので(ビリー・クリスタルが最高潮にいい)、ここの章もとても面白かったのと同時に、ステイ・フレンズを見てみたいものだと思った(ノーラ・エフロンの世界と書かれている。)
しかもあのレストラン、まだあるのか!!(メグ・ライアンが渾身の喘ぎ声を出したところ)

007のユリシーズとの関連性、も初めて知った。
ああ・・・もう一度この観点で見直したい・・・

恋人までの距離、もまたユリシーズとの関連性が出てくる。
えええええ!そうなのか!!
私はこの映画わからなくて合わなくて、なんだなんだ?と三部作のうち二部までしか見てないけれども。
そうだったのか??
しかも最初の恋人までの距離には、オーデンの詩まで引用されているらしい(さっぱり忘れている)

20章のキャロルへの話の中で、ハイスミスへの考察もとても面白かった。
ああ・・・そうだ、この時代は精神の病と考えられていた、このことは・・・。
そして、あのかたつむり・・・・そういうことだったのか????
ハイスミスの性癖は知っていたけれど、かたつむり・・・あの話がこのように・・・


評価 4.8

古典部シリーズの最新刊だ。
奉太郎、える、里志、摩耶花、懐かしの面々が登場する、ちょっとした校内外の謎とともに。

今回読んでみて、ミステリ部分が光るよりもそれぞれの人物が描けていたように思った。
皆の過去がわかっていくところが読ませるし、未来に向けての話も読ませる。
特に折木奉太郎の省エネ体質になった根源のこと、が明らかになったところが読んでいて面白かった。
やらなくていいことならやらない、やらなくてはいけないことなら手短に、の奉太郎にこんな過去があったとは!
自分が相手に都合よくつかわれていたという認識が出た。
全体に、これまでの古典部よりずうっと私は好きだった、たとえすべてのミステリがおちなくても。
(おちない部分が多々ある)

わたしたちの伝説の一冊の中の走れメロス、の奉太郎の解釈も楽しい。
実に彼らしいというか、視点がここに行くか!と改めて思わされて走れメロスをもう一度この視点で読み直したくなる。
そして私はこの話、とても好きだった。
漫画研究会の小さな世界でのあれこれと、本当に一般社会に飛び立とうと思っている者との齟齬が見事に描かれている。
小さな世界で甘んじるのと選ぶということ。
外に飛び出し、小さな世界との縁は切れるけれども外に飛び出し新たな自分の可能性を信じて生きていく困難さを選ぶということ。
この二つでどちらを選ぶかという究極の選択がなされるのだ。
先輩の言葉の一つ一つが身に沁みた。

長い休日の中のえるがいった言葉が突き刺さる。
「でも折木さん、わたし、思うんです・・・・お話の中の折木さんと、今の折木さん。実は、そんなにかわっていないんじゃないか、って」
これに物語のすべてが集約されていると思った、えるは見通しているのだ、折木の心持ちを。

また表題作は、なぜえるが突然合唱祭に現れなくなったのかという謎だ。
これも謎自体はそれほど大きくない。
けれど、決断を迫られる場面が最後に来る、さあ、どうする、千反田える。
彼女の決断は次作以降に持ち越される・・・

連峰は晴れているか、は
三回雷に打たれたことのある中学校の教師が、ヘリの音に気を取られた一瞬の話だ。
雷とヘリ、このあたりで彼に起きた出来事、かれの心の中を推測する奉太郎。
(ただ・・・この話、私の中で落ちていない。
なぜ、笑ったのだろう?遭難して捜索された二人に何かうらみでもあったのか?)
2017.01.21 円卓


評価 4.9

とっても良かった。
初西加奈子作品だった。

主人公はコッコちゃんという8歳の女の子。
公団住宅で三つ子の姉と暮らしている。
祖父母、両親と大家族の中みんなに愛されているコッコ。
孤独に強烈にあこがれている小学三年生。


なんといっても、コッコちゃんが元気がよくいきがいい。
ぴちぴち飛び跳ねている魚のようだ。
独特の関西弁が満ちていて、この世界を作り上げている。
クラスの中でちょっとかわいい女の子が眼帯をしてきた、それにあこがれるコッコの姿とか抱きしめたいほどかわいらしい。
ジャポニカ(!)に大切な言葉を書いていくコッコ。
クラスで生き物を飼いたいのでその飼いたい気持ちを演説するコッコ。
家族がまた増えることに微妙な感情を持つコッコ。
ちょっと笑えてちょっとほろっとくる物語だ。

そして、吃音のあるぼっさん造型が素晴らしい。
彼の言葉一つ一つが心にしみわたる。
このことに気づいている唯一の大人に、円卓全体でとても重要な役割(に見えないのだが)のコッコの祖父がいる。



評価 5

ああ・・・すごくよくできている。
小説ではなく脚本だし、ローリングさん一人で書いたわけじゃなさそうだし、危惧しながら読んだけれど、いい味わいで堪能した。
この舞台見てみたかった!

まず、ハリー・ポッターとジニーの息子がアルバス。
一方でハリーの宿敵だったドラコ・マルフォイの息子がスコーピウス。
ハーマイオニーとロンの娘がローズ。
このあたりを押さえておけば、後は自然に物語に身をゆだねることになる。
二世の物語だ。

冒頭のあたりでハリーが今何をしているか、ハーマイオニーが何をしているか、ロンはとかそのあたりもうまく提示されている。
同時にアルバスというハリーの息子が、あのハリーポッターの息子であるという宿命を非常に重く感じているということもわかり、彼が実に屈折した感情を持っているというのもわかるのだ。
また、以前角を突き合わせていたドラコの息子のスコーピウスの周りには彼がヴォルデモートの子供ではないかといううわさが立ち込めていてこれはこれで彼を孤立させている。

ここで面白いと思ったのは、かつての仇敵と言ってもいい同志の息子たちが親友にあっという間になるからだ。
そしてなんていい子なんだろう、憎まれ役のドラコの息子なのに、スコーピウスは。
前半で彼が屈折し暗い心を持ったアルバスの常に味方になってくれている、そして自分もまた彼によって救われている。
この友情がまぶしい。
ホグワーツに向かう列車の中の一場面も、ハリーポッターたちの出会いを考えると(本人たちも言っているけれど)全てが始まるところでどきどきした。
しかもホグワーツで組み分けされたところがハリーポッターの息子なのにスリザリン・・・彼が更に意気消沈するのがわかる。
そしてハーマイオニーの娘のローズは若いころのハーマイオニーとそっくりなのだ、傍若無人さとか優等生ぶりが、ここはハーマイオニー二世とも言えるだろう。

・・・・・・・・・・・
この話、懐かしさだけではなく、話としてもとても面白い。
それは、SF改変の話だからだ。
もし、もしあの時にセドリックが死んでいなかったらの世界。
それをハリーの息子とドラコの息子が結託して逆転時計を使って(ないと思っていたが探し出す)、過去に戻る。
ところが、過去から戻ってきた現在は、思っていた現在ではなくなっている。
再び直しに行くのだが・・・・
ハリーのおそわれるところまで見ることになるアルバス・・・
これが二回ある、歴史をいじると現在が変わってしまうということに挑戦している脚本だ。
しかもアルバスとスコーピウスは時の過去に閉じ込められてしまいなんとか父親たちに自分たちのいる場所を知らせようと知恵を絞る・・・・
多分脚本としてはとても手が込んでいると思う。

しかも、そのセドリックが死んでいなかった世界を作り上げようとしたきっかけになったことには、意外な真相が隠れていた・・・

・・・・
嘆きのマートル(懐かしい!)、マクゴナガル先生(校長先生になっている)、組み分け帽子、先生になったネビル、過去の事故が起こった大会のもろもろ、ゴドリックの谷、死喰い人、魔法省、とハリーポッターを全編知っていれば、くすぐる要素がたくさんある。

と、楽しんだのだが・・・一点
訳での疑問。
94ページ、待ってちょうだいの長太郎・・・ってあまりに日本語すぎないか。長太郎って。言葉遊びなのだろうが原文が。ここはなんとも・・・

以下ネタバレ
デルフィーがヴォルデモート卿の娘であった。





評価 5(飛びぬけ)

とても満足の一冊だった。
自分の名前を騙る人間を追っていく魅力的な導入部、あとで意味を持ってくる小さいけれど華やかな集まり、そしてそのあと突然起こる殺人事件、死ぬ間際に被害者が残した謎のメッセージ。
どれをとっても誰なんだろう?どうなるのだろう?と疑問符が止まらない。
疑問符といえば、このミステリ、章の最後にウィリング博士の疑問符がたくさん出てくる。
あれはなんだったのか?あの言葉は何だったのか?
そこで私も一緒に考えた。
犯人が途中でほぼこの人だ、というのはわかってくる。
けれど、どうやったのか。
どう考えてもやり方がわからなかった。
そしてかなりあとになってこのパーティーがそもそも何だったのかというのが開いていくにつれ、ああ・・・とうなったのだった。


ある晩、自宅近くのタバコ屋で偶然ある男を見かけたウィリング博士。
「私はベイジル・ウィリング博士だ」
と男が言うのを聞いた直後、タクシーで彼は行ってしまった。
驚いたウィリング博士は、導かれるように、彼の告げた住所のパーティー会場に行くのだった。
そして殺人事件が・・・


このウィリング博士を名乗る人物はすぐに死んでしまっている。
そして彼が何者だったのか、というのは割合早い段階でわかる。
更に「鳴く鳥がいなかった」という謎めいた言葉を残して死んでしまう。
鳴く鳥がいなかった、は何だったのか。

そして、続いてすぐに起こる殺人事件で、今度は盲目の資産家老女が殺される。
彼女は最初にウィリング博士が入っていった時に、彼を『偽者のウィリング博士』と混同して(何しろ目が見えないし)、手を取った人物でもあった。
この彼女の役割とは・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・
パーティーにいた人物たちも曲者ぞろいだ。
・パーティーの主催者でドイツ人の精神科医マックス・ツィンマー
・その妹のグレタ・マン
・ツィンマーの使用人であるオットー・シュラーゲル

●・お金持ちで年老いているナイトクラブ経営者の怪しげな仕事に携わっていたゼアオン・ヨーク
・美しいヨークの妻ロザマンド・ヨーク

●・品のない土建業者ヒューバート・カニング
・その妻のイゾルダ・カニング

●・高名な詩人だが体を壊しているスティーヴン・ローレンス
・その娘のバーディタ・ローレンス

●・富豪の老婦人(盲目)キャサリンショー
・彼女が死ねば遺産が手に入る甥プリンズリー・ショー

・キャサリンの付き添いをしているシャーロット・ディーン

●を付けた後半の人たちは夫婦と親子、または叔母と甥という組み合わせだがペアになっている(重要事項)
ミステリとして、この誰もが犯人になりえる状況とも言えよう。
特にヨーク夫妻とカニング夫妻の二組は夫婦仲がお世辞にも良いとは言えないのが、文面から伝わってくる。

最初のパーティーでウィリング博士が立場を危うくしなかったのは、彼を本物のウィリング博士だ、と認めてくれたロザリンドという知り合いがいたからだった。
ウィリング博士の推理は続く・・・・

誰もが犯人になりえる状況。
でもいろいろなところにヒントが残されている状況。
人々が語る言葉の中に真実が見え隠れしている状況。
行間を読んでいくのがスリリングでとても面白い一冊だったのだ。

以下ネタバレ
・ドイツ人、そしてナチス信仰者ではないとは言っていたが、ツィンマーがまず怪しく思われる。そしてその通りだったのだが・・・。
彼はある合図を使って(話している相手との会話の間に、白と黒のものを交互に触っていく)、彼の使用人のオットーがその指示に従って飲み物に薬物を入れていた。

・そもそもこのパーティーは『精神科医にかかる人たちを集めている会(それはその人たちのためになると表向きではツィンマーは言っていた)』だが、実は、『医師の名のもとに希望の人を殺させてくれる会』であったのだ。
依頼された殺人の会。
片方が片方を殺そうとしている会だったのだ。
(この中で、娘が父親を殺そうとしているのは、辛い病と闘っている父親を見るのに忍びなかったという、ここのみ安楽死が考えられる。そして娘は善良なのでこれが安楽死の会とは思っていたが、まさか殺人の会とは思わなかった。探偵をツィンマーが殺した時点で、違ったということに気づいて失神した。)
皮肉なことに、カニング夫妻に至っては、両方が両方の殺人を頼んでいた。
美しい妻ロザマンドはスリルを求めるために自分の夫を殺すのを頼んでいた。
富豪夫人の甥は財産のため。

・鳴く鳥がいなかった、というのは、薬物の反応を動物実験で見るためにツィンマーが動物を自宅の近くの庭に埋めた結果そこは芝生が生い茂り木も育ったのだが、同時に毒物の残りを捨てたので、鳥が寄り付かなくなったことを示している。

・最初のウィリング博士を名乗る人物は、探偵であった。
盲目の大富豪夫人がおかしいと気づき、彼に依頼したのだった。

・ここにははっきり書かれていないが(解説にはある)、ナチス優性思考に毒されたドイツ人医師というのは最初のほうからうっすらと漂ってきたのだった(が、やり方がわからなかった)
2016.12.10 熊と踊れ





『いまが、昔なら。
昔が、いまなら。』


評価 5(飛びぬけ)


このミステリ、最初の150ページぐらいが乗るのに時間がかかると思った。
突然暴力男が出てきて、どうやら自分のもとの家に戻ってきたらしい、そこには妻と三人の息子がいるらしい。
そして続けざまに銃の強奪と、現金輸送車の強奪が起こる。
いきなり銃の強奪?現金輸送車?一体この人たちは?この話はどこに?

しかし・・・
過去の物語が語られるにつれ、ぐっと惹きつけられ、そこから一気呵成に読み続けることになった。
暴力に支配された物語、でもあるけれど、痛いほどの家族の物語でもあったからだ。


ひどく凶暴な父親によって、崩壊寸前のいや、崩壊していた家族がいる。
そこには三人の息子たちがいてレオ、フェリックス、ヴィンセントが母親とともに父の暴力に日々おびえている。
レオは長男なので勢い弟たちの面倒を見ることが多いし、彼らを心の底から愛している。
そして母を守ってあげられないという自分の幼さにも歯痒い気持ちでいるのだった・・・


なんといってもレオの家族への愛情が泣ける。
それは父の代わりでもあり、兄としてでもあり、弟たちを(特に幼かったヴィンセントを)父から守ろうとする気持ちの表れでもあったわけだ。
加えてレオが一番年上なので、一番父親からの精神的支配は受けている。
つる下げられたマットレスに向かって殴打の練習を余儀なくさせられる幼い日のレオ。
それを拒絶することもできなかったほど幼いレオ。
友達との喧嘩でやられて帰ってきて、それを父親に見つかり復讐を訓練させられるレオ。
血のつながりというのをアイスキャンディーの棒でたたき込まれるレオ。
これらは、本当に幼い日の出来事だったのだ、と全編読んでみると改めて思い当たる。

これらの背景がわかると、ここから始まった彼らの銀行強盗や現金輸送車の襲撃などがくっきりとわかってくるのだ。
そこでもレオは弟たちを庇っている。
どきどきしている末っ子のヴィンセントを特に庇っている。
これに加わったのが、レオを崇拝している幼馴染のヤスペルだ。
ヤスペルは軍のリーダーになりたかったが、かっとしやすい性格でなれなかったというトラウマも持っている。
ヤスペルが17歳のヴィンセントをしかりつけると、必ず三兄弟がそれをいさめる、特に次男のフェリックスはヤスペルと対立しているのだ。
それぞれがそれぞれの役割を果たそうとしているところが非常に読ませた。
リーダー役のレオがリーダーなのだが、確固たるリーダーに弱いのはただ一つ、幼いころから叩きのめされてきた父からの言葉、父の一挙手一投足なのだった。
レオにとっては父はなんとしても越えたい存在であったのだ。
そしてレオを静かに支えるのがシングルマザーのアンネリーだ、表に目立った活躍はないものの、影で彼らを支え続ける。

微妙な心の食い違いを残したまま、爆弾で警察官を別の場所に配備し、銀行を複数おそおうとする犯人たちがいる。
そこには車を乗り替えたり、武器庫を見えない場所に作ったり、証拠を冷凍して湖に捨てたり、知能犯的な仕掛けも持っている。
これに対して、追う側は、ヨン・ブロンクス警部と女性のサンナ鑑識官がいる。
ヨンもまた、暴力にさらされてきた、そして複雑な環境にいるというのが上巻の後半でわかってくる。
ヨンが次々に犯人たちの素顔に迫ろうとしているところもまた手に汗握る場面が多い。
自分と比較して、愛情こもった手つきという一瞬の隠しカメラの映像から、この犯人たちが兄弟であるということを想像する。
また暴力にさらされた人がこれを行ったという仮説を立てその仮説のもとに、なんとレオたちの父親のもとにも聞き込みに行くのだった(父の子というのは考えていなかったが、父そのものが犯人ではないかと想像したわけだ。この前にレオが父に大金を返却しに行くので、父が金の出所を疑問に思うきっかけになる)

この小説、幼い日に暴力にさらされた人たちのその後、の物語でもあるのだ。
読んでいるうちにとても不思議な気持ちになった、犯人側をなぜか応援したい気持ちになってしまうのだ。
犯人に同化してしまうのだ。
これだけの出来事があったからこういう犯罪をしていい、というものではないものの、悲惨だった兄弟たちの幼少時代を思うと涙が出てくる。

上巻ではまだ、三兄弟の母が殺されたかもしれない、というのはぼんやりしか出てこない。
扉を開けたのは誰かという話になった時にも、これが決定的な出来事なのでその話になったのだろうが、そこもぼんやりとしか出てこない。
父が一人暮らしで元気だということだけはわかっているのだが・・・・。
またヨン側の物語にしても切れ切れの話から想像はつくのだが細かいことはまだ語られていない。

・・・・・・・・・・・・・・・
上巻の最後あたりからスピード感は増す。
なぜなら、計画した強奪が全て思いのままに成功していて、読んでいてそこはとてつもないカタルシスがあるからだ。
計画が非常に緻密で、そして度肝抜かされる計画になっている。
二台の車を使う手法、見つけたと思ったらそのまた下に隠し場所がある方法、あるところに警官を集中させ悠々と仕事を行う方法、別の仕事をするふりをして自分をカムフラージュする方法、証拠を残さない方法、そしてその訓練・・・
群を抜いて長男レオの統率力が目に飛び込んでくる。
そしてなぜか犯人側に同化している自分がいる。
そんな中、三兄弟の過去が徐々に明らかになっていく、次男のフェリックスのとてつもない屈折はどこから来ているのか、とか、統率力と悪知恵をすでに超えた知能犯の域に達したレオの心中はいかがなものか、とか、レオに対する三男のヴィンセントの気持ちはいかがなものか、とかがわかってくる。

父、というのが常に常に鍵になっている。
そして後半、思いもかけない展開が待っている・・・
悲劇的結末になるというのはこういう物語なのでわかっていたのだが・・・
後半に父とあれだけ嫌っていたレオが皆の目に同化している部分が非常に悲しい。
暴力で支配することを体で教わったレオ。
母親を虐待する父を憎んでいたはずのレオ。
暴力の家庭で育ったレオ・・・・

一点、鑑識官のサンナと警部のヨンとの過去の繋がり描写が弱かったように思った。
ここがほかの部分に比べてへこんでいるので、ヨンがこれだけサンナに執着しているというところがわかりにくい。
最後の最後でヨンの驚くべきあることがわかるので、サンナがヨンに入り込めなかった一点はここか・・・とも思うのだが。

・・・・
解説を読んで、非常に驚いたのは、この作者の一人の経歴だった。

以下ネタバレ
・最後のほうで、次男三男は犯罪から抜ける。
ところが、長男は続けていて、いったん抜かした幼馴染と自分の恋人と、あろうことか、父親も引きずり込んで最後の銀行強奪を行い失敗するのだった。
失敗した大きな要因の一つは、父親が現場に忘れ物をしたということ。

・祖父母の家に火炎瓶を投げるのに同行したのはレオだった。
投げたのは父親。
そして祖父母の家を丸焼けにした(夫の暴力性に耐えかねて、祖父母の家に母親が逃げ込んでいたため)
ここに三兄弟が行った時に、次男が母親の顔に唾を吐きかけることを強要されそのままそれをする。
しかし母親は察して抱きしめる、次男を。
これがいつまでも次男のトラウマになりそして父親への激しい憎しみを人一倍持っていたのが次男であった。

・警部のヨンは、実際は暴力の家庭の子供だった。
兄が父殺しで刑務所で捕まっているのが、実際はヨンもまたナイフを握っていたらしい。

・作者の一人が、この実際の事件の兄弟の一人であったという事実が驚きだった。
実際は四人兄弟で、その中の3人が犯罪を犯した。
そして、そのうちの一人がこの物語を作りあげた、もう一人の作者とともに。