評価 5

ミステリであると同時に第二次世界大戦を背景とした歴史小説だ。
最後の解説を読むと、アメリカヤングアダルトの最優秀作品になったと書いてあったが(他の賞でも高い評価を受けているらしい)、ヤングアダルトがこんなに水準の高い小説を読むのか、と驚いた。
ヤングアダルトにも読んでほしいけれど、大人でも十分読み応えのある小説だと思った。

第一部の冒頭部分から誠に辛い。
なぜならナチの拷問場面から始まるからだ。
それは、暗号や合言葉や周波数を教える代わりに、一枚一枚の着るものをもらえる、というものだった。
着るものを一枚恵んでもらう・・・・???
拷問されていたのはスパイ容疑の若い女性でナチの捕虜になっていて、服を脱がされて寒いところに投げ捨てられているのだ。
着る物をもらうために告白!
過酷を極めているこの拷問場面から話は始まる・・・・
途中途中にもこの辛い場面(これ以上の場面も)は出てきてそこはとても辛かったのだが、読み終わった時に、一条の光が差してきたように思えた小説だった。
また、手記の中でかつての青春の日々(捕虜時点でも十分若いけれど)が鮮やかなタッチで描かれている。
ここが瑞々しく、戦火の中での女性同士の友情、同僚に対する敬意、ほのかな異性に対するあこがれ、飛行機の中から見た外の景色、仕事への情熱と愛国心、と、印象的な場面が多々あって、飛行機の姿とともに忘れ難い。
特に、こわいもの10個を二人で数え上げる場面と、飛行機の中から見た美しい太陽の色の場面(139ページから140ページの美しい描写と言ったらどうだろう!)が印象に残る。

第一部と第二部が全く別の書き手になっている。
そこも読みどころの一つだ。

ナチの親衛隊大尉フォン・リンデンは容赦がない男だ。
その男に求められ、捕虜の若い女性はイギリスの情報を手記にするように求められ、それを必死で書くのだった。
田舎の少女だったマディが美しいクイーニーという女性飛行士に憧れ、女性飛行士に抜擢されクイーニーとまたとない友情を築き上げる姿を。
飛行機を愛してやまないマディの姿を。
三人称の観点で小説のようにその手記は描かれていくのだった・・・・


前半は交互にこの書いている女性の心情と現実と、手記が現れていく。
きらきらした青春の日々の手記の物語と、今現在となんと違うことだろう。
マディが飛行機に憧れ人に憧れ、男性よりも優れた腕前を持っていくようになる経過は、マディのはつらつとした表情と一緒にこちらの胸に飛び込んできた。
途中まで私はこの手記は→マディ←が捕虜になり彼女を客観的に自分で書いているのだと思っていた。
捕虜の名前はここでは明かされていないのだから。
ところが、途中で、これを読んでいるナチの親衛隊大尉が、喝破する、この中の→クイーニー←がお前だろうと。

この途中でアメリカのインタビュアーが入る。
ナチ側もそこは用意していて、捕虜女性を美しくなんとか見せるように努力してインタビュアーの前に出す。
見張られているのでどのような言葉のやり取りもじっと見られている。
読んでいると、(気づいてよ!!彼女がひどいことになっているのに気づいてよ!!)
と地団太踏みたくなる。
→(このインタビュアーのやり取りの真相が第二部で語られ、ああ・・・なるほど・・・と思うのだった
インタビュアーはこの最後で自分の分のシャンパンをあげた、クイーニーに。
これで彼女のここでの待遇がほのかにわかったのかな?とゆるく考えていたが、第二部を読んでみると、インタビュアーにわかるように巧妙に自分の拷問の体の跡を見せていた賢いクイーニーがいた)←

過去のことを書いている青春の日々の手記の中に、クイーニーの兄が指を吹き飛ばされた戦場の話も出てくる。
ここもユーモア交えて書いているけれど、口にくわえた指のみが残るってどういう状況なのだろう・・・と涙が出た。

・・・・・・・・・・・・・
第二部は、第一部を受けての物語だ。
ここにきて、そうだったのかそういうことだったのか、と第一部を新たな目で見ることになる。
第一部の最後で、クイーニーが仰天の発言をしている→自分がジュリーという名前で彼女たちに呼ばれていたという事実だ。本名はジュリーだった。が、まだこのあとがある
この仰天発言をうけているので第二部でそれが普通に言われていても、あ、こういうことだったのだと思う。

最後のところで全てがつまびらかになる。

以下ネタバレ
・187ページは非常に重要場面。
なぜなら、インタビュアーのアメリカン人女性が、フランス語で真実(ヴェリティ)を探していると言った。
ヴェリティこそがジュリー(クイーニー)の重要な暗号名だった。
彼女は動揺はしたものの、すぐに持ち直した。
このインタビューでなんとか自分の方の情報を伝えようとして努力するジュリアの姿があった。

・ジュリーは無線技術師からスパイ、マディはパイロットとして仕事に従事している。
ジュリーはスコットランド女王メアリーの血筋を引く貴族。
マディはユダヤ人の庶民階級の娘。

・ジュリーとマディは同じ飛行機に乗っていて、ジュリーは捕らわれの身に、マディは助かっていた。
しかしお互いにそれぞれの生死がある時点までわからなかった。
何度となくマディは探すのだが見つからず、そして自分の脱出もなかなかうまくいかず、その中で偶然インタビュアーがジュリーを見つけ出したのだった。

・マディは最終的にジュリアを殺す羽目になる。
フランスのオルメのゲシュタポ本部を爆破することが任務であった。

・手記には一切書かれていなかったが、ジュリーに付き添っていた女性(監視役と思われいた)は、煙草を常にくれた。そして最終でマディたちの協力者にもなってくれたのだった。
最初の段階から彼女はなにくれとなくジュリーを庇ってくれている。



評価 4.8

SFでもライトSF寄りの物語だ。
とても面白く読んだ、この作者初めてだけれど、このシリーズだったらもっと読みたい。
続くらしいのでこの次も絶対に読みたい。

ちょっと、楳図かずおの漂流教室を思い出した。
ばっと教室ごと子供たちが異世界に飛ばされてしまう漫画だ。
でもこの小説は、ばっと異世界に飛ばされてしまうのだが、
それが複数の小学生で飛ばされたのはある一組を除いてそれぞれが一人であるらしい(まだ全員出てきていないのでわからないのだが多分そう)。
しかもこの飛ばされた世界が、
『地球ではないどこか別の星らしく、それぞれが別の星に飛ばされていて、しかもその星と星は近くにあるらしい』
という状況なのだ。
更には、飛ばされた時には小学生なのに、もう5年たっているので、少年少女になっている。
このあたりもとてもうまい設定だと思う。


あるものは記憶をわざと失ってボーダーになって
あるものはなんとか生き延びようと有名なダンスを踊る人間になって
あるものは過酷な労働環境の星でなんとかお金を貯めてどこかに行って(これも次巻・・・続くのだろう)
そして皆のところを訪ねて回る一人の飛ばされた少女・・・・魚住二葉(彼女が一番謎がある)

必死に生きていこうとする彼女たちの姿が心に響く。
太陽が二つだか三つだか見える世界にいるってどういう気持ちだろう。
誰も知らない人ばかりの世界、言葉さえ通じない世界(これは意外に簡単な通じ方があった)。

最初のきっかけが、どうやら同級生が始めてしまった
「13匹の猫の首をビルの屋上から投げ落とし、自分も身を投げると異世界に行くことができる」
という都市伝説からだった。
この都市伝説からの設定もとても面白い。
元々のこの同級生はどこに?
過酷な工場を脱出したあの少女はどこに?
一時期二人でいたうちの片割れの少年はどこに?
知りたくて知りたくてたまらない。

次巻、5月が待ち遠しい。
またこれと同時に出ている少年Nの長い長い旅も読んでみたい。
2017.03.29 完璧な家


評価 4.9

郊外の豪華な邸宅にハンサムで優しく魅力的、弁護士である夫と暮らすグレース。
誰もが羨む完璧な夫婦に見えるのだが、実は・・・


一瞬ありきたりの小説、と思えるが、実はそうじゃなかった、的な小説。
そうなのだけれど、それだけではなく、読ませるのだ、この小説は。
グレースの気持ちが痛いほどわかるから、夫の鬼畜のような行動がはらはらどきどきさせるから。
読んでいて何度、本を取り落としそうになったことだろう、驚いて。
最初の方は、ジュリア・ロバーツの映画愛がこわれる時、を思ったのだが、途中からさらにこの小説は壮絶になってくる。
加速していくのだ、夫の行動が。


監禁されているわけではないのだが、監禁されているのと同様の女性がなぜ逃げないのか、逃げられないのか。
この小説を読んで、脅迫と絶え間ない言葉の数々で『無力感に襲われる』という意味がわかった気がする。
最初は抵抗して逃げようとするのだが、それがすべて奪われていたと気づく瞬間がこの小説にはいくつかあった。
ポイントポイントで逃げようと思えば逃げられた瞬間というのもまた事実あるのだ。
けれどそこで彼女は逃げられない。

最初、夫になるジャック・エンジェルは、障害のあるミリーとともに踊ってくれたりして、親代わりになってミリーを大切にして育てている姉のグレースの心をわしづかみにする。
更に結婚後一緒に住もうとまで言ってくれる。
ミリーは豊かなジャックのおかげで心地よい施設に入れてもらえる。


壮絶なサイコサスペンスだ。
ここには今のところ(小説の最後まで)は、惨殺死体もなければ、血も飛び交っていない。
でもそれを予兆させるようないくつもの出来事が実に巧妙に描かれている。
絶望、友人の前での演技、綱渡りのような二人のやり取りが、過去と現在に分かれて描かれている。
ここでとても重要なポイントになってくるのが、主人公のグレースのダウン症の妹のミリーだ。
彼女の障害の程度、が最初のうちわからないので、読者もグレースの夫と同じような感じでミリーを受け止めていると思う。
けれども、実は、というところもどきっとしたところだった。

悪魔のような夫。
それが一番怖いのは、『精神を病んでいるのは本来は夫』なのに。夫の地位と穏やかな物腰と巧妙な事前の策のために、どんなに妻が誰かに訴えようとしても、逆に『ちょっと精神が病んでいて妄想気味なのは妻の方』と受け止められてしまうところだ。
この中で一番怖かったのはそこの部分だった。
また、場面で一番怖かったのは、ホテルの隣の人に助けを求めに行く場面だ。
夢に出そうに怖い、ここは。

また、悪魔のような夫がいる、というのに周囲と接触していながら誰も気づかない。
唯一、もしかしてこの人は気づいている?と思っている新しい隣人エスターがいる。
読んでいるうちに、(エスター気付け!)とグレースと同じように願っている自分がいた。

現在と過去が交互なので、本当の後半になってこれが効いてくる。
結局、どうなったのか。
そういうもどかしい気持ちでページをめくっていったのだった。
赤の部屋と黄色の部屋、これも大きなキーワードになってくる。

以下ネタバレ
・夫は恐怖を与えてそれを楽しむという性癖があり、過去に母親をも殺していた。
そして
ミリーを恐怖に陥れて、その彼女を見たいという欲望に捕らわれる。
ミリーを手に入れるためにはまずはグレースだった。

・グレースは全てを支配されていて、言葉の一つ一つまでチェックされている。
もしジャックの意に沿わない何かがあれば、すぐさま家に戻ってからお仕置きがある(ミリーに会わせない、部屋を小さくする、食事を持ってこない、服を着せない)


・ミリーが大好きな色は黄色。
黄色の部屋も作ってある(外向きに)
しかし地下室に真っ赤な異常な部屋を作って、更には絵の得意なグレースに虐待された女性の写真を模写するように命じて、それを何個も飾っている。

・この黄色い部屋がポイントとなるのは、
最後、エスターは、気づいていたのだ、グレースが支配されていることに。
そして彼女が殺したことに。
だから、死んでいたはずの夫が手を振っていたと言ってくれた。
エスターの確信は、『確かに夫のジャックが赤い部屋を作った、ミリーのために』と言ったのに、ミリーが来たお披露目の時に『黄色い部屋をミリーが大喜びした』ということから、ジャックが死んだ後に地下室に真っ赤な部屋があったということで、繋がっていくのだった。

・ミリーは、自分が眠れないと言って睡眠薬をもらいそれをためて、グレースに渡す。
これが彼を殺すことができる原動力になった(最終的には、餓死、なのだが、彼が殺した犬と同じで
2017.03.29 ゼロ・アワー


評価 4.3

タンゴと猫を据えてのハードボイルド小説だ。
途中で何度も(中山可穂?)と表紙を見直した、今までの作風と違うから。
とても彼女らしい場面も見られるし、タンゴの描写とかいかにも彼女らしいし、ふてぶてしい猫の話とか通称ハムレットが猫に振り回されている様子など、惨劇のさなかなのにくすっと笑えるところとか。
要は巧いのだ。

通称ハムレットという凄腕の殺し屋。
彼はタンゴをこよなく愛しているのだが、ある一家の皆殺しを依頼される。
皆殺しをした後に、自分のDNAがあるかもしれない爪を持った猫アストルを持って帰ってなぜか引き取ることになる、そしてこれが運命の幕開けだ。
ハムレットに両親と幼い弟を殺された少女広海は偶然家にいなかったのだ。
彼女は復讐を誓い、疎遠だった祖父の住むブエノスアイレスに旅立った・・・・


タンゴへの愛、そして猫への執着が段々殺し屋のハムレットに芽生えていく場面が読ませた。
また祖父の過去も、こういうものだったのか、と予想の範囲内ではあるもののここもまた読ませたのだった。
が。
全体には、私はlこの作者にこういうもの(ストーリー的に)を求めていないのだなあ・・・とつくづく思ったのだった。
中山可穂にしか書けないものを書いてほしい。
2017.03.29 失われた地図


評価 4.5

グンカはなんだろう?
軍靴?
悪意の塊か。

日本の各地にある、軍部の跡地。
そこには、かつての記憶が眠っている。
更に、もっと以前の記憶も増幅し暴れまわる。
『裂け目』から噴き出してくるグンカとそれを閉じようとする風の一族・・・・


女性の鮎観(あゆか)、彼女と息子をもうけながらも離婚した遼平、言葉少ない浩平、の三人が特殊能力を持っていて、他の人には見えないが確実にそこにいる巨大悪(悪意といってもいい)に立ち向かう話だ。
グンカが見えていく様子などは大変面白いし、小出しに情報が出てくるところも良いと思った。
それぞれの土地の昔の記憶のようなところも読ませる。
また、『裂け目』から悪が飛び出てきてそこを『縫う』という作業も非常に面白かった。

が、これ、まだ途中だろう(と思いたい)。
いくらなんでもここで終わりというのはないだろう。
あと・・・全体にちょっと薄い、ストーリーとして。
薀蓄が語られるが(色々なところで)、それがそこだけ話に溶け込んでいないで、浮き上がってくる感じもとても気になった。
次、が出たら読むけれど、ぜひ次に期待したい、鮎観の再婚相手の素性も含めて、おそらく超巨大な能力を持っている子供登場も含めて。


評価 4.8

さくさく読めるゴーストストーリーだ。
ヤングアダルト小説に入るだろう。
語られている話は凄惨な話もあるのにほのぼのとした読み心地で終わるのはなぜだろう。
どの話も心の中にある何かをかきむしられるような懐かしい気持ちにさせてくれるのだ。
聞いたことがある話というのもまったあって、猿の手などはまさにそれで、またアッシャー(!)夫人などが出てくるし、火事が出てくるし、棺の中からも出てくるしポーを意識したところもあるし、青髭を連想させる部分もあるし、そういう過去の作品とリンクしている部分もまたとても楽しめたのだった。

マイクという少年がお母さんが待っている自宅に急いで車で帰ろうとする。
その時に、偶然道路で見かけた少女を乗せた。
彼女が忘れたものを彼女の下りた場所に届けていくと・・・というマイクの話が外側にある。
マイクは何の役割かというと、ゴーストたちの話を聞く、ということがある。
その中は、次々とゴーストが自分が死んだ状況までを語っていくという・・・


ゴーストの特徴はみんな若かった死ということなのだ。
だから理不尽な死である、ということだろう。
理不尽の中でもまだ事故などはわかるのだが・・・・ほとんどがそうではない。
ゴースト、不思議な事象、不思議なものにからめとられていくような人生なのだ。
けれどここで語られる話は実に面白く、そこに行きつくまでのストーリーに心惹きつけられる。
語りというのが巧い。

姉妹の葛藤で揺れていたエヴリンのように見てはいけない鏡に吸い込まれてしまう話(白雪姫やハリーポッターの魔法の鏡とかを想起した)、や、これはわがままな妹とのやり取りがあり通信販売で買った生き物に追いかけまわされるディヴィッドの話や(ここに出ているような怪獣映画を想起)、蜘蛛の大嫌いな口うるさい先生に嫌がらせをしたことによって後半思いもかけない復讐があったジョニーの話(これが体感としてとても怖かった)や、嘘ばかりを言う放火魔の同級生に翻弄される、うそつきの女の子ジーナの話とか、自分の好きな男の子が事故で死んでしまったのでその直前に手に入れた猿の手でなんとかしようともがくリリーの話や、親友ケヴがある一つの『像』にとりつかれることから身を滅ぼしていくリッチの話や、何かに『没入』し我を忘れてしまう男の子エドガーが両親から引き離され隔離されているのだがそこから発展する凄惨な事件や(これ、歯が怖かった)、叔母に引き取られたトレイシーが叔母がどういう人間だったかを昔の新聞から知り、更に入ってはいけない部屋に入ってしまうとそこには・・・(青髭を想起)という話、があった。

どれが人によって一番怖かったのかと話し合うのも面白いだろうなあと思う。
人によって違うと思うから。
ゴーストたちの墓石がそれぞれの話のトップにあるのだけれど、そこに生年と没年が書かれていてそれを見ていくと、その時代背景がわかるし、あと、意外に今の近くで亡くなったゴーストもいるのだなあ・・・という思いにも駆られる。



評価 4.5

実在の人や事柄をモチーフにした不思議な感触の短編集だ。
10編の物語が入っている。
(・誘惑の女王・・・ヘンリー・ダーガー
・散歩同盟会長への手紙・・・ローベルト・ヴァルザー

・カタツムリ結婚式・・・・パトリシア・ハイスミス
・臨時実験補助員・・・・放置手紙調査法
・測量・・・グレン・グールド

・手違い・・・ヴィヴィアン・マイヤー
・肉詰めピーマンとマットレス・・・バルセロナ男子バレーボールアメリカ代表
・若草クラブ・・・・エリザベス・テイラー
・さあ、いい子だ、おいで・・・・世界最長のホットドッグ
・13人兄弟・・・・牧野富太郎)

 いかにも小川洋子らしい静謐な雰囲気に満ちていて、ちょっとだけ歪んだ世界にぞくっとするような小説の数々だった。
モチーフにした人(や事柄)の簡単な略歴が最後に載っているけれど、その人のどこを切り取ってこういう作品群にするのか、というところが面白いなあと思った。
この中で、あるアルバイトをしていてのちにそこで一緒に組んだ人との再会を描いた、臨時実験補助員は、本当にこういう実験が行われていた(手紙をわざと落として皆がそれを郵便箱にどのくらいの割合で入れるか実験)というのに驚いた。また母乳を搾る姿が生々しく、その後の彼女の零落した様子との落差が読ませた。

カタツムリ結婚式、は自分の同志を見つけようとしているちょっと変わった女の子の物語であり、彼女が飛行場で見つけた奇天烈な男がカタツムリを持っていたという話なのだが・・・
この話そのものよりも、ハイスミスのカタツムリをどうやって持って行ったかという偏愛ぶりの解説の方に度肝抜かれた。

肉詰めピーマンとマットレスは、異国でのRという息子との再会の話だ。
これが切なくて、彼女とRが日本でどういう風に暮らしてきたか、を物語りながら現在のバルセロナを見ていくというだけの物語なのに心惹きつけられたのだった。
非常に巧みな作品だと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・
ただ。
小川洋子の作品はその時の自分の気持ちに寄り添うかどうかというのが重要になってくるような気がする。
今回は、どれも面白いし彼女の雰囲気もよく出ている作品だけれど、全体には残念ながら今の私の気持ちにはそぐわなかったのだった。
また時を置いて読んでみたい。
2017.03.20 がん消滅の罠



評価 4.4

余命半年の宣告を受けたがん患者が、生命保険の生前給付金を受け取る。
すると、その直後に病巣がきれいに消え去ってしまい、癌でいう完全緩解の形になる。
一人だけならともかくも連続して起こるこの事象・・・いったい何だったのか。


まずこのミステリの謎が、あったはずの癌がなくなっている!という、人の興味を引き付ける謎だ。
癌患者の担当者、夏目医師。
そして癌の研究者で夏目の友人である羽島。
この二人が中心になり、この謎を解いていく・・・
冒頭の部分で既にミステリがあって、ここである一つのミステリの仮説は消える。
あったはずの癌がなくなっている、というのだったらこれをまずミステリ的には考えるだろう。

読んでいて、ミステリの謎を解いていると同時に、癌そのものがどういう治療法があるのか、癌患者が民間療法に頼る気持ち、保険金の仕組み、鬱病患者が文学作品を残す理由、など他の部分にも読むべきところがあった。
ただ・・・夏目と羽島たち友人たち、との会話のやり取りがいかにも長い。
保険会社の森川、夏目の婚約者紗希、森川の同僚水嶋・・・
何度かこの会話があるのだが、誰が誰やら会話のトーンが一緒なので、女性男性の区別はつくものの、夏目と羽島の区別がつきにくくここが非常に読むのが難航した。
誰なんだろう?このしゃべっているのは。
誰なんだろう?この意見を言っているのは。
常に常にこれを考えながら読むってどうなのだろう。

またこの話、もう一つ、復讐劇のようなエピソードも入っていて、それにからんでラスト一行の驚きもある。
けれど、これまたどうなのだろう。
驚きはしたが・・・

肝心のなぜ癌患者が回復したのか、という謎解きも心地よい謎ときには私には思えなかったのだ。
これだったら悪意を持った医者が現実にいたら、いくらでも出来るではないか・・・いかに物語とはいえ。

以下ネタバレ
・生活に困ってお金が欲しい人と富裕層(つまり権力者)とにわけている。
1.生活に困っている人については
免疫抑制剤を投与した後、他人のがんを入れる。
癌は増殖する。→ここで末期がん診断をもらい、保険金をもらえる。
が。
いったんはこうして癌になるが免疫抑制剤の投与をやめれば、
癌は消滅。
(しかし免疫抑制剤を投与したことによって、本人の癌リスクが二倍になる危険性も同時にある。これを本人は一切知らない)

2.富裕層は、病院側が利用する人であり、薬の認可、またはアンダーグラウンドのあれこれができる人、など用途は様々だ。
癌を盾にの脅迫なのだ。
初期がんが見つかった権力者にまず普通の治療を。
そして切り取った癌から遺伝子操作で自殺装置を組み込んだがんを患者の体内に戻す。
ポナストレンAという昆虫のホルモンに似た化学物質が体内に入ると複数の自殺装置がオンになる仕組み(つまり癌が治る)
(これは、癌をもともと持っている人にしかできないことなので、1の生活に困っている人にこの方法は用いられることはない。
また逆に、1の免疫抑制剤の方法は、脅迫することでその人が他医療機関に移る恐れがある。
それでは癌がなくなってしまうのでこれまたできない。
両方がどちらか一方にしか有効ではないのだ。)

3.宇垣医師は、西條医師の娘だった。
精子提供の果ての子供だろう。
西條医師とともにいる、現在は。

4.西條医師は死んだと見せかけてたが、死んではいなかった。
死んだのは西條医師の妻の不倫相手。
(この不倫相手の子供が、西條医師の自殺した娘の父親なので、血液毛髪などから彼が父親、つまり西條医師と認定された)
2017.03.17 神様の裏の顔


評価 4.3

視点がころころ変わる展開だ。
軽妙でちょっぴりくすっと笑えるミステリ。
それぞれの人がそれぞれの思いを抱えて吐露していく形式だ。
最初の方は、通夜で始まる。
そのあとは、一連の通夜からの流れに沿って、人の思いが語られていく・・・

神様のような男、坪井誠造の死去。
その通夜には多くの関係者が参列した、もちろん教師だった坪井の教え子もまた。
参列者が彼を神様のような人間だった、と言っている中
思わぬ彼の一面が現れてくる・・・


最初の方から途中まで、あまりにこの人がいい教師だったので、読む側としては、このタイトルも相俟って
(胡散臭いなあ・・・)
とまず疑惑の目を向けるだろう。
生徒にも近所の人にも、そして同僚にさえ優しく親身になっていた坪井。
坪井の娘の後悔の念も続いていく・・・

しかし、ここからが読者のみ、あれ?と思うことが徐々に重なっていく。
あれ?これはもしかして坪井がやらかしたこと?
あれ?これはもしかして坪井が悪意を持ったこと?
ここが巧みだと思う、読者のみが優越感を持って彼の裏を知っていくという構成が。

後半、やっぱりね、というところに落ち着く。
私はここで終わりだと思っていた。
このやっぱりね、は前の読者のみ知りえたことを繋ぐ人物が現れたことによって、本当に坪井が善人だったのかという根本の疑問にぶち当たるからだ。

読ませると思うのだが・・・
が、ちょっとぶつ切り過ぎて台本のようで、これがもっと繋がって行ったらとそこはちょっと思ったのだった。
また登場人物表に難ありだと思う、これってずるくないか。

以下ネタバレ
・女子学生を自分のものにした、というところは除くとして。
聖人ではないものの、途中で疑われた殺人犯ではなかったのだった。

・一番の肝は、
姉妹ではなかったということだ。
友美という人間と晴美という人間は同じ人間であった。
一人娘であった。一人芝居であった、心の病から。
(なので、登場人物表にこの人たち二人を出すのはずるいと思う。どちらかを出すべき)
いくらなんでもこの二人が同一人物じゃないというのがわからないものだろうか、列席者に。

そして彼女が坪井を殺したのだった。



評価 4.5

ラノベレーベルで出ている本だけれど、カフカの一文字とこの作者なので読んでみようかと思った次第。
そして面白かった、いろいろと思うことはあったけれど。

深海楓(ふかみかえで)は中学時代あらゆる男女関係の修羅場を潜り抜けている(早熟な!)
モテモテだった深海楓。
高校生になったら天然を装って過去は封印していたが、自分が女を落とせるという自信は崩れない。
そんな彼の前に現れたのが、架能風香(かのうふうか)という読書家のカフカ好きの女子高生。
彼女は自信満々の深海楓に全くなびかないどころか、もし好かれたいならば
「カフカにおなりなさい」
と言い放つ・・・
そして彼はカフカもどきの小説を書き始めるのだが、現実で次々に不可解な事件が持ち上がっていく・・・


もし、カフカをゼロの知識であっても、カフカをよく知っていても、カフカ部分はとても楽しめると思った。
それぞれの作品(変身のみならず、かなりコアな作品まで網羅している)に即した話で、それぞれの作品への言及もとても楽しい。
どうやっても、そこは本好きとして、カフカもう一度(または初めて)読んでみようかなあ!!と思う気持ちに掻き立てられる、それほど魅力的なのだ。
城、流刑地にて、審判、橋、といろいろ出てくるが、この中で流刑地にてへの考察が楽しかった。
橋、も考えさせられた・・・・

一方で、キャラクターという面では、主人公が中学校でこれだけ男女経験があるというのがまずしっくりこなくて、プラス、自信満々だった彼がなぜ突然カフカ好きの女の子に強烈に惹かれていったのか(ふられたからとはいえ・・・)というのがよくわからなかった、私には。(女子学生の風香にあまり魅力を感じなかったからだろう)
ただ前半と後半、だんだんに成長していく姿は印象的だったのだが。
また、女子学生のほう、風香の位置づけもよくわからない、根本的なところだけれどなぜ彼女はカフカにこれだけ惹かれているのか。両親のことがあったので不条理をこの世に感じているのか。
彼女のヘルメットも理由はわかったが、なんだかよく呑み込めなかった、おかしな人?なぜ誰も突っ込まない?女子とのかかわりは?
お兄さんの存在も・・・
あと放火の話も・・・
なんだかぽっと出てきてぽっと消えた感じがするエピソードの一つのような気がしてならなかったのだ。

これって、次があるのだろうか。
次を是非読みたいのだが、もしあったら、そのあたり彼女の心の部分を書き込んでいただきたい。
カフカ部分がとても良いので、そこは継続してほしい。

謎という面ではたわいもない謎、が多くてそれはそれで微笑ましいけれど。
一つだけ、うおーーーっと驚いた謎は198ページのひっくり返るような展開だった、見抜けなかった・・・・